日本に戻った私は、すぐに榊原さんに電話をかけた。

そうする事が辛くなかったと言えば嘘になるけれど、それでもそうしないと、カンちゃんと離れたことがムダになってしまうから。


榊原さんに連絡を入れた次の日。

私からの突然の呼び出しに、驚きつつも約束の場所までやって来た榊原さんは、「もう嘘はやめて下さい」と怒る私にポカンとして。


「私は証人にはなりません」

「……え?」

「私は榊原さんの味方です。長嶺とかいう人にもそう伝えました」

ハッキリそう告げたら、榊原さんは何かに耐えるように顔を顰めて――「ごめん」と「ありがとう」を震える言葉で繰り返した。

その顔を見て、これで良かったのだと思った。


行き場のないカンちゃんへの気持ちを抱えて苦しんでいた時、この人は確かに私の傍にいて、私を救ってくれていたのだから。

人知れず、ひとりぼっちで苦しんでいたこの人を、今度は私が助けてあげられたらと思えた。

もちろんそれでも、榊原さんの置かれている状況は、楽観視出来るものではなくて……。

長嶺は、起訴をやめようとはしなかった。


だけど、ある日――……。


榊原さんから前田さんのお店に呼び出された私は、テーブルに着くや否や1封の封筒を差し出され、

「俺、長谷川企画を辞めたんだ」

そんな驚くべき言葉を聞かされた。

「どうして……?」

突然のことに固まってしまった私の声に、榊原さんは一瞬視線を手元に落とし、静かに息を吐き出して、私を見据える。


「長嶺さんが、起訴はしないと言ってきた」

「ホ、ホントですか!?」

「うん」

私の質問への答えではなかったけれど、それでも安堵から泣きそうになる私を見て、榊原さんは少しだけ笑って。

「日和と宮野に助けられた」

視線を封筒に落とし、そう告げたのだ。


「――え?」

テーブルに置かれているのは、白い封筒。

「これは……?」

「宮野が、長嶺さんに渡してくれって送ってきた」

震える手で中の手紙を取り出して、薄い紙をゆっくり開く。


「――っ」

カンちゃん。

やっぱりまだ辛い。

まだ全然、忘れられる気がしないよ……。


私の目から零れ落ちた涙が、薄い紙の上にポタポタ落ちて、丸いシミを作っていく。


『榊原さんを起訴するのであれば、私もお話したい事があります』


そこにあったのは、カンちゃんの右上がりの、少し癖のある角ばった文字。

これは、“俺も何とかしてみるよ”――そう告げたカンちゃんの、きっと最後の手助けだ。


「俺が言えた義理じゃないけど……日和は、今のままでいいの?」

私の髪をそっと撫でる榊原さんの、その問いに答えを出すことが出来ないまま、ひとしきり泣いてから前田さんのお店を後にした。