せっかくこんなに綺麗な星が見えるのに。
「今ならまだ、最終便に間に合う。空席もあるみたいだし」
「カンちゃ――」
「元々この星を日和に見せたら、全部終わりにするつもりだったんだ」
有無を言わせぬカンちゃんの手から、震える手で携帯を受け取る。
「日和、元気でな」
「……っ」
“行かないで”と、言いたいのに言えないのは、カンちゃんの言っていることが正しいからだ。
例えここで嘘を吐いて、ここに残ると言い張っても、私は榊原さんを助けなかった事を後悔する。
それが分かっているから。
部屋を出て行くカンちゃんの背中をただ見送って。
「嫌だって言ったのに……っ」
きっとカンちゃんに頼まれていたのだろう、守衛室にいたボブが迎えに来てくれるまで、独りでカンちゃんが作った空を見上げながら泣いていた。
泣いて泣いて、もう声が出なくなった頃。
立ち上がり、何も言わずに入り口で待っていてくれたボブに続いて歩き出す。
薄暗い廊下は、まだペンキの匂いがしていて、そんな事にも気付かなかったくらい、ここに来た時の自分は浮かれていた。
ただ、カンちゃんに会えたことが嬉しくて。
一緒にいられる時間が楽しくて……。
「Twinkle, twinkle, little star. How I wonder what you are」
「――え?」
また零れそうになる涙を耐える私の目の前で、ボブが小さな声で口ずさんだのは、誰もが知っているお星様の歌。
どうして突然そんな歌を歌うのかと首を傾げる私に、ボブは笑って言ったんだ。
「He's always singing this song」
――『彼はいつもこの歌を歌っているんだ』。
そして今度は悪戯っ子のように笑って、『みんなに“星バカ”って呼ばれてるよ』と付け加えた。
「そっか。“星バカ”かぁ……」
ボブの言葉にクスッと笑って。
「でも、そんなカンちゃんも私は大好きだったの」
自分の言葉にまた泣きそうになった私を見て、日本語がわからないボブまで何故か泣きそうな顔をしていた。
そんな優しい彼に「大丈夫」と「ごめんなさい」と、たくさんの「ありがとう」の言葉を告げて、ホテルまでタクシーで戻り、そのまま空港に向かった。
きっとこんなドレッシーな人が飛行機に乗ってきたら目立つだろうとは思ったけれど、そんな事を言っている余裕もない。
今の私には、カンちゃんがいるこの国にいることが辛すぎる。
日本に帰ったって、きっと嫌でも思い出して苦しくなるだろうけど……。
それでもきっと、傍にいさえしなければ、ここ1年間過ごしてきた暮らしに徐々に戻っていくはず。
榊原さんの事だって、何とかしないといけないし。
やる事はたくさんあるんだから、大丈夫。
こうする事を、彼が望んだんだから。
それはきっと、彼の為で、私の為。
だから、カンちゃんがいなくても、きっともうずっと逢えなくても大丈夫――……。