「それで、長嶺って人は……?」
「『榊原が勝手にやったことだ』」
「え?」
「そう言って、『濡れ衣を着せられた事が許せない』って会社を辞めて、経歴だけ見た長谷川企画に拾われたんだ」
でも、ちょっと待って……。
その人が長谷川企画に移った経緯は解ったけれど、どうして私に証言を求めているの?
しかし、考えても分かるはずがなかったんだ。
だって私は、本当に何も知らなかったのだから。
「長谷川企画に入る前、榊原さんが外資系の企業にいたのは話したよな?」
それに頷くと、私の顔がよっぽどだったのか、まるで安心させるように髪を梳いてから、また口を開く。
「最初はどうだったか知らないけど、長い間、人任せに仕事を手に入れていた長嶺は、期待されて長谷川企画に移ったのに全く仕事が取れなかった」
徐々に迫る核心に、私はゴクリと唾を飲んだ。
「外資系の企業って、仕事以外のチェックが甘かったりするんだ。仕事が出来ればそれでいいって感じでさ」
「……」
「長嶺はね、駒が欲しかったんだ」
あぁ、どうして私は気づいてあげれなかったのだろう。
榊原さんが私に“全てを話す”と言ってくれたあの日、彼の様子はきっといつもと違ったはずなのに……。
「だからあいつは、榊原さんが務めていた会社に、あの盗用を“榊原さんが過去に起こした問題”としてリークした」
「――っ」
証拠もない。
“主犯格”とされる榊原さんが、いくら物を言ったところで信じてもらえるはずもない。
私でさえ、安易に想像できる。
榊原さんは、どこに行っても同じことを繰り返される――そう思ったに違いない。
「長嶺はどこにも逃げられない状況に榊原さんを追い込んだくせに……“駄目な部下の責任を取る、出来た上司”を演じて、テイよく駒を手に入れたんだ」
「……ひどい」
口元を押さえる手の温度が異様に冷たい。
吐き出す呼吸も短くて、どうしても涙が止まらなかった。
「ここに来て全てを暴露し始めた榊原さんが邪魔になったか、怖くなったんだろ」
昔H・F・Rであった事は、カンちゃんの希望もあって他社員に広がらないよう箝口令が敷かれた。
昔の事は知らず、“榊原さんの盗用の被害者”に仕立て上げられた私は、私と榊原さんのプライベートでの繋がりを知らない長嶺にとって“使える存在”だったのだろう。
1年前――カンちゃんに「大切なものは返す」と告げた榊原さんは、きっとあの日からずっと1人で戦ってきたんだ。
カンちゃんに、あの“地球”を返す為に1人きりで。