「奏!ちょっと!!奴といい感じだったじゃん!なにか進展あった?」
授業が終わり、小声ではあるものの、興奮気味に奏に詰め寄った琴子。

「ドキドキしちゃって、なんにもできないよ…」
いまだ紅潮した頬に手を当てて奏が俯く。

「もう…純情なんだから!」
呆れたように琴子が肩をすくめた。

「琴ちゃん~」
半泣きで琴子にすり寄る。

「三崎」
急に名前を呼ばれて背筋を伸ばす。

「はいっ」
振り向くと、眉毛が八の字に垂れ下っている颯が立っていた。

「颯くん…」

「奏、先教室いってる」
さっと奏から離れて琴子は実験室から去って行った。
この教室にはもう、誰もいない。

「ごめん」

「え?」
そう言って颯が奏に渡したのは、一冊の教科書だった。

「これ…」

「前のこの授業で教科書入れ替わったみたいでさ」
奏は驚いて受け取った教科書をぱらぱらめくる。

「返すな?」
しかし、今度は奏が眉を垂らす番だった。

「…だめだよ、だって…私の持ってる教科書…」
そう、彼女が持っている教科書には、嫌がらせの落書きが思い切り書かれている。
それを、颯に返すわけにはいかない。

「もしかして、さっきの教科書…?」

「うん…」
奏はそのまま俯いてしまった。