触れると、鍵はひんやりと冷たい。
「俺もまあいい歳だし、今さら同棲とかっていってる場合じゃないし」
「……それって」
訊き返そうとした私を制するように、陽平は白いカップを手にし、エスプレッソを口に含む。
思いのほか苦かったのか、顔をしかめている。
そんな姿がおかしくて、つい噴き出してしまいそうになる。
エスプレッソの苦味を受けつけないなんて、意外な一面だ。
まだ私に見せていない側面は、ほかにも残っているんだろう。
カップをソーサーに戻すように表情を改めて、陽平はわずかに目を伏せる。
「ここんところくに連絡できなかったのは、仕事が忙しかったのも一理あるけど、物件を見て回っていたのもあるからだ」
すまない、と小さく詫びる声が続く。
その物件の鍵が今、この手中にあるものだ。
私も、今のマンションを決める時にある程度は絞りこんだものの、いろいろ見て回ったから、その気苦労は理解できる。
仕事をしながら、ほかのことを同時進行で行うというのは、なかなか大変だ。
最良のひと部屋を決定するため、私との連絡を途絶えてまで、必死になっていたなんて。
教えてくれたら、よかったのに。
でも。
きっと、すべてはこのイブに、私に手渡すためで。
きっと、すべてはサプライズのために。
「俺ひとりで決めたせいで、間どりとか気に入らないところも出てくるかもしれない」
陽平が顔を上げる。
「でも駅から近いし、スーパーも近くにある。生活環境としては悪くないところを選んだつもりだ」
それって、つまり。
言われることは、わかりきっているはずなのに。
それでもなお、気持ちが揺れる。
肝心な言葉は、まだ何も伝えられてはいない。