「…なぁ…雄一郎…」
「なんすか」
「心肺蘇生法したら…目覚ますかな…」
「心肺停止してないから」
恭先輩が正常な思考できなくなってる…。
「…なんで起きてくれねぇのかな…」
あたしの左手を両手で握りしめてるみたい。
「………乃愛…」
恭先輩っ…
口に力を入れても声が出ない。
どうしてだろう?
「なぁ乃愛…頼むから…」
少し震えてる、恭先輩の手。
「……………恭」
「俺…乃愛に謝んなきゃいけないことがたくさんありすぎる…」
謝んなきゃいけないこと…?
そんなのないよ…。
あたしのわがまま聞いてくれたし…
「…乃愛が作ったものっ…全然食ってねぇし…
無理やり俺のとこに嫁がせたし…
乃愛のSOS…聞いてやれなかったし…」
SOS…
確かにあの時は辛かったけど…
今幸せだから気にしてない。
「乃愛…ごめんな…」
頭を撫でられてる。
涙出そうだよ…。
恭先輩…あたしは幸せだよ…
早く伝えたい…。
大好きなあなたに、伝えたい。
*******
「乃愛が癌?」
「すいません…大事な娘さんを…」
ここは有名旅館、西島。
俺は今…乃愛の両親に謝りに来ている。
乃愛の癌に気付いてやれなかったことを。
「…つくづく役に立たない子ね」
「仕方ない、昔からだ」
役に…立たない…?
どういうことだ?
「娘…ですよ?」
「えぇ、そうよ?」
「役に立たないってどういうことですか?」
「藤波くんから話が来たときは嬉しかったよ。
本当は姫香を嫁がせたかったんだけど次期女将だから」
「乃愛より姫香のほうがかわいいでしょ?」
なんだよ…
なんなんだよ…
「乃愛…の声…を、聞いたことがありますか?」
「もちろんよ」
「乃愛が…あなた方にわがままを言ったことがありましたか…?」
「言わせたことなんかないわ」
「…そのせいで乃愛は…」
旅館で乃愛が去った後置かれていた置き手紙には…
わがまま聞いてくれて嬉しかったよ、と書いてあって横に
涙が落ちていた。
「…藤波くん…だっけ」
「あ」
突然現れた…乃愛の姉貴。
「…そんなに乃愛がかわいい?」
「………かわいいですよ」
当たり前だろ。
「…わたし、乃愛が嫌いなの」
は?
姉貴だろ?
嫌いってなんだよ…
「……………」
「乃愛の大事なもの…わたし全部欲しいの」
俺の横に座る乃愛の姉貴。
「お父さん…わたし、藤波くんと結婚したい」
「姫香…」
なんなんだよ…こいつ…
「……どうだ?藤波くん、乃愛が癌に侵されているのなら姫香にしないか?」
この父親おかしいだろ……
「乃愛はどうなるんですか」
「もう先短いんだろう」
先が短いだと…?
乃愛の手術はしっかり終わったんだ。
短いわけないだろ!
「…………乃愛以外、いらないです」
「………わたし…会社、潰しちゃうわよ」
「だったら俺が先に旅館潰します」
この業界は殺らなきゃ殺られる。
そんなこと、十分理解している。
「………乃愛の敵は…俺が潰します」
「乃愛の味方は…潰します」
パチパチと火花が散る。
「ふ…藤波くん、乃愛は他の方に嫁がせるわ。だから姫香を頼みたいのだけど…」
「乃愛を離すつもりはありません」
「…………そう…」
乃愛…
こんな家庭に生まれて…苦しかっただろうな…。
「…乃愛の病院に戻るんで失礼します」
「「「……………」」」
乃愛…
お前の実家…俺潰しちまうかもしんねぇ…
イライラしてどうしようもない。
あんな人たちだとは思ってなかった。
乃愛が欲しくて持ちかけた提携の話…
乃愛が手に入った今…あんな人たち、どうでもいい。
ノートパソコンを携えて、乃愛の病院に車を走らせた。
~♪
ん?
着信。
誰だ?
「もしもし?」
『あぁ…恭?乃愛ちゃんが…』
乃愛が…
「乃愛がどうした」
なにか悪いことが…?
『とにかく早く来い』
「今急いでるところだ」
『………早く来ないと…間に合わないぞ』
間に…合わない…?
死ぬってことか?
「くっそ…」
アクセルを一気に踏み込んだ。
*******
『乃愛…』
ん……?
この声、は…恭先輩…?
『乃愛の敵は俺が潰します』
……………恭先輩…?
あたしの敵…?
…恭先輩に愛されてるなって…
自意識過剰かもしれないけど愛されてるなって思う。
恭先輩、あたしはまだ意識がないと思っていろんなこと話してくれるから。
早く恭先輩に抱きつきたいんだけどね。
案外、この状況を楽しんでる。
恭先輩、そろそろ来る時間かな?
早く来ないかな…
でも眠いや…。