あたしだって離れたくなかった…
でも迷惑かけたくないの…
「綾香先生…あたしはどうしたら…」
「…………ごめんね、わからない」
少し泣きそうな顔で笑った。
「元気になって…旦那さんのとこに戻ろ?」
………………戻れるわけない。
でも戻りたいよ…
「はい…お願いしますっ…」
「頑張ろ」
元気になって…藤波先輩のとこに戻る、なんて言えない…。
だけど元気になったらこっそり藤波先輩の顔を見に行きます…。
それだけは許してください。
I pray for your happiness.
あなたの幸せは邪魔しないからね。
「なるべく急いで手術して癌とっちゃうからね」
「はい…」
「前来てくれればすぐとれたのに」
「藤波先輩と…旅行に行ってきたんです」
「……なら仕方ないかぁー」
ごめんなさい…
「栄養剤打っとくね」
「あ…」
「もう少し太らなくちゃ」
「はーい…」
点滴につながれて…ほんとに病人になっちゃった…。
*******
「はぁ…」
藤波乃愛ちゃん。
彼女の癌はどんどん転移して広がっている。
早く手術してとってあげたい…。
だけど多すぎるうえにひどい癌…。
とれる自信がないよ…。
「雄一郎…助けて…」
右手の薬指の指輪は岩川雄一郎からの婚約指輪。
彼は本当にすごい外科医。
助けてほしい……。
そんなとき、電話が鳴った。
「もしもし」
『もしもし綾香?』
「雄一郎っ…」
綾香sideend
*******
「久しぶり、乃愛ちゃん」
……………誰?
目の前に現れた白衣の美形な男の人。
「あれ、俺のこと知らない?」
「……………」
あたしの知り合い?
「私の婚約者!」
「あ、綾香先生の…」
「恭の、幼なじみなんだけど」
……………恭……
藤波、先輩…。
「藤波先輩の…」
「高校同じなんだけどな、乃愛ちゃんとも」
「え…あ…岩川先輩…だ」
「やっぱり知ってた?」
……………いけめんって言われてた人。
「岩川雄一郎でっす」
「乃愛ちゃんの手術、雄一郎がやってくれるからね」
「え…」
ってことは…
「藤波先輩にも…」
「恭?」
「藤波先輩には言わないでくれませんか…?」
「もう遅いよ。俺は恭に頼まれて帰国したんだから」
え………?
「ごめんね、乃愛ちゃん。
乃愛ちゃんの家に電話したの。
そしたら男の人が出てね…
別れたなんて知らなかったときだから言っちゃった…」
え…………
じゃあ藤波先輩は…
「……雄一郎」
ドアが開いて…
藤波先輩が入ってきた。
「藤波…先輩…」
「じゃあ…俺ら出てくね」
「え、岩川先輩っ…」
「……………乃愛」
「……………はい」
藤波先輩と2人っきり…。
岩川先輩も綾香先生もひどい!
「……なんで言わない?」
「だっ、て…」
首から下げられたチェーンにはペアの結婚指輪が通ってる。
「お金かかるし…先輩に迷惑かけたくなかったの」
「迷惑じゃねぇし」
そんなわけないじゃん。
「It wants to be loved by you if a wish comes true.」
…………嘘…
起きてたの…?
「言ったよな?もし願いが叶うならあなたに愛されたい」
「……言ってないっ…」
「願い叶えてやるよ」
え…?
「愛してやるよ」
「どうせ形だけ…でしょ?」
「……………俺は好きだよ」
え……
「藤波先輩?そんな…からかわないでください」
「からかってない」
真面目な顔した藤波先輩と目が合う。
「っ…」
頭こんがらがってきた…
「恭ーー?面会時間終わりですよーー」
「お前空気読め」
「面会時間終わりですよーー」
「はいはい、今帰ります」
もう…帰っちゃうんだ…
「………俺んとこ戻ってくるの、考えといて。乃愛」
乃愛…………
その低い声で呼ばれるとまたドキドキしちゃうよ…。
「藤波先輩っ…」
「ん」
「また…来てください」
「言われなくても毎日来ます」
ニコッと笑うと部屋を出て行った。
「乃愛ちゃん、愛されてるじゃん」
「嘘ですよ」
「素直になりなさいよ~」
「あたしは素直です」
「間違ってるよ、旦那さんは乃愛ちゃんのこと愛してる」
……………嘘だ。
「旦那さん、‘ark’の社長なんでしょ?」
「はい」
「アークって…ノアの方舟のことじゃないの?」
ノア?
「Noah's ark。旦那さん、社名に乃愛ちゃんの名前つけちゃうほど溺愛してるんだよ」