「ありがと、雅」
雅が帰って行くと、綾香先生がベッドに腰かけた。
「実はね」
自分の右手薬指についた婚約指輪を触りながらつぶやいた。
「実は…私、婚約者がいるの。
同じ外科医の人なんだけど…今アメリカに行ってる。」
すごく切なそう…。
「乃愛ちゃんは…旦那さんが好きだったんでしょ?」
「………あたしの片思いですよ」
藤波先輩は、あたしなんかどうでもいい。
「好きなら離れないでよ…」
綾香先生は好きなのに離れちゃったんだよね。
あたしだって離れたくなかった…
でも迷惑かけたくないの…
「綾香先生…あたしはどうしたら…」
「…………ごめんね、わからない」
少し泣きそうな顔で笑った。
「元気になって…旦那さんのとこに戻ろ?」
………………戻れるわけない。
でも戻りたいよ…
「はい…お願いしますっ…」
「頑張ろ」
元気になって…藤波先輩のとこに戻る、なんて言えない…。
だけど元気になったらこっそり藤波先輩の顔を見に行きます…。
それだけは許してください。
I pray for your happiness.
あなたの幸せは邪魔しないからね。
「なるべく急いで手術して癌とっちゃうからね」
「はい…」
「前来てくれればすぐとれたのに」
「藤波先輩と…旅行に行ってきたんです」
「……なら仕方ないかぁー」
ごめんなさい…
「栄養剤打っとくね」
「あ…」
「もう少し太らなくちゃ」
「はーい…」
点滴につながれて…ほんとに病人になっちゃった…。
*******
「はぁ…」
藤波乃愛ちゃん。
彼女の癌はどんどん転移して広がっている。
早く手術してとってあげたい…。
だけど多すぎるうえにひどい癌…。
とれる自信がないよ…。
「雄一郎…助けて…」
右手の薬指の指輪は岩川雄一郎からの婚約指輪。
彼は本当にすごい外科医。
助けてほしい……。
そんなとき、電話が鳴った。
「もしもし」
『もしもし綾香?』
「雄一郎っ…」
綾香sideend
*******
「久しぶり、乃愛ちゃん」
……………誰?
目の前に現れた白衣の美形な男の人。
「あれ、俺のこと知らない?」
「……………」
あたしの知り合い?
「私の婚約者!」
「あ、綾香先生の…」
「恭の、幼なじみなんだけど」
……………恭……
藤波、先輩…。
「藤波先輩の…」
「高校同じなんだけどな、乃愛ちゃんとも」
「え…あ…岩川先輩…だ」
「やっぱり知ってた?」
……………いけめんって言われてた人。
「岩川雄一郎でっす」
「乃愛ちゃんの手術、雄一郎がやってくれるからね」
「え…」
ってことは…
「藤波先輩にも…」
「恭?」
「藤波先輩には言わないでくれませんか…?」
「もう遅いよ。俺は恭に頼まれて帰国したんだから」
え………?
「ごめんね、乃愛ちゃん。
乃愛ちゃんの家に電話したの。
そしたら男の人が出てね…
別れたなんて知らなかったときだから言っちゃった…」
え…………
じゃあ藤波先輩は…
「……雄一郎」
ドアが開いて…
藤波先輩が入ってきた。
「藤波…先輩…」
「じゃあ…俺ら出てくね」
「え、岩川先輩っ…」
「……………乃愛」
「……………はい」
藤波先輩と2人っきり…。
岩川先輩も綾香先生もひどい!
「……なんで言わない?」
「だっ、て…」
首から下げられたチェーンにはペアの結婚指輪が通ってる。
「お金かかるし…先輩に迷惑かけたくなかったの」
「迷惑じゃねぇし」
そんなわけないじゃん。
「It wants to be loved by you if a wish comes true.」
…………嘘…
起きてたの…?
「言ったよな?もし願いが叶うならあなたに愛されたい」
「……言ってないっ…」
「願い叶えてやるよ」
え…?
「愛してやるよ」
「どうせ形だけ…でしょ?」
「……………俺は好きだよ」
え……
「藤波先輩?そんな…からかわないでください」
「からかってない」
真面目な顔した藤波先輩と目が合う。
「っ…」
頭こんがらがってきた…
「恭ーー?面会時間終わりですよーー」
「お前空気読め」
「面会時間終わりですよーー」
「はいはい、今帰ります」
もう…帰っちゃうんだ…
「………俺んとこ戻ってくるの、考えといて。乃愛」
乃愛…………
その低い声で呼ばれるとまたドキドキしちゃうよ…。
「藤波先輩っ…」
「ん」
「また…来てください」
「言われなくても毎日来ます」