ん?


「…退院する日くらい仕事休むのに…なんで言わねぇんだよ…」


あ。

岩川先輩の考え 大当たり。


「仕事ほったらかしちゃダメだから!」


「俺は仕事より乃愛が大事なんだよー」


あたしの頭にほっぺをすりすりしてくる もはや少年。


気持ちは嬉しいけど…


「……心配かけてごめんね」


「ん、反省しろよ」


「うん…」


「具合悪くなったらすぐ言ってな?」


「はい…」







あと何度か病院に検査に行かなきゃだけどもう大丈夫。


「乃愛…まだ、何十年も…一緒にいたいんだ…」


嬉しい……


そんなこといってくれる人はなかなかいない。


「あり、がとぉっ…」


ギュッと恭先輩に抱きついた。




あたし、ずーっと恭先輩のそばにいるからね。


「これからは…一緒に夜ご飯食べれるっ…?」


「あぁ、毎日食べよう」


「毎日会えるの…?」


「なるべく早く帰ってくるから」







「っ、…」


「ん?泣いてんの?」


「嬉しいっ、の…」


「そっか、泣くほど俺が好きか」


「うるさいっ…」


「俺も、乃愛が好きだよ」



あたし、幸せ。


今すごく幸せ。











「恭先輩大好きっ」



「うわっ、危なっ」


思いっきり恭先輩に抱きついた。







5月12日。


一年に一度当たり前にくるこの日が、あたしは大嫌いだった。



〈9年前 5月12日〉


朝起きると枕元にお札と箱が置いてあった。


「一万円…」


14歳、中学二年生の誕生日。


本当なら家族、友達とわいわい祝いたいところ。


でもあたしにはできない。


家族に祝ってもらうなんて、夢のまた夢。


「……ケーキだぁ…」


真っ白い箱の中にはチーズケーキ。


…苦手なチーズケーキ。


「雅」






雅と祝おう。


自分の誕生日だけど。


姫香…お姉ちゃんのおさがりの服を着て ケーキとお金を持って家を出た。


「あ!乃愛じゃん!」


「雅!」


雅がちょうど家から出てきたところだった。


「…どっか行くの?」


「今ね、乃愛を迎えに行くとこだったの!」


嬉しい…


「ありがと」


「んっ、上がって!」


「お邪魔しまーすっ」


雅の家があたしは好きだった。


「あら、乃愛ちゃん!お誕生日おめでとう!」






「乃愛ちゃん、これ、たいしたものじゃないけど」


優しい雅の両親は、あたしにプレゼントまでくれた。


「ケーキも買ってあるの!朝ご飯食べた?」


「あ…うん…」


食べてない。


だけどそこまでお世話になるわけにはいかないよ。


「たくさん作っちゃったから、乃愛ちゃんも食べてね」


嘘はあっさり雅のお母さんに見抜かれた。


「いただきます」


雅の家族に混ざって食べる朝ご飯。


この家にうまれたかった、そう何度泣いたことか。






「あの…これ…ケーキなんですけどあたし、チーズケーキ苦手なので」


「あら、ありがとね」


「雪、ケーキ出そうか」


「あ、そうしよっか!彰宏、ついでに包丁持ってきて」


名前で呼び合う仲良しな両親。


「雅はジュース用意してね」


「はーい」


「乃愛ちゃんも!フォークの場所わかる?」


「持ってきます」


雅とあたしを同じように扱ってくれる。


それが嬉しくて仕方がなかった。


「ほら」


「「…わあ…!」」






大きな白い箱から顔を出した チョコケーキ。


「乃愛ちゃんはチョコ、雅はショートだもんね」


あたしの誕生日と雅の誕生日には色違いのケーキが現れるんだ。


まるで親のように接してくれる雅の両親が大好きだった。




*******



そして23歳の今。


もうすぐ5月12日。


恭先輩、相手してくれるかな?


なんて考えながら食材をカゴに入れる。


「今日は肉じゃがかな…」


定番だけどあんまり作ったことないし。





「ん」


雑誌売り場を通り過ぎようとしたあたしの足がピタリと止まる。


《'ark'若手イケメン社長 藤波恭》


これは買うしかない!


サッとカゴに入れて、レジに向かった。





「………………」


表紙で笑う恭先輩とソファーの上でしばらくにらめっこ。


「……………かっこいい…」


ページをめくった。


《老若男女構わず人気の'ark'。 今回はその ark の社長、藤波恭さんにお来しいただきました!》