狐がこちらにずいっと顔を近づける。
どうやらクチナシの匂いは、この狐が発しているらしかった。
「な、なあ…帰っていい?」
正直あまり関わりたくない。
「なんじゃ冷たいの、命の恩人に」
妖怪にハアッとため息をつかれた。
しかしそんなことより、
「いま、何て」
狐の発した言葉の方が気になった。
「だから、命の恩人と言ってるに。何じゃ覚えておらんのか」
あいにく、妖怪に命を救われた覚えはない。
が、もしかしたら。
一つの考えが頭をよぎる。
このクチナシの匂い…。
でも、そんなことがあり得るのか。
美波はかぶりを振る。
「なら、教えてやろう。5年前の今日、お前らはここで事故にあったろう?」
────ああ、やっぱり。
「私の力で、お前の命を助けてやったのだ」
事故のあの日も、意識が途切れる寸前、
クチナシの匂いをかいだ。
それはこの狐が近くにいたからなのだ。