(あれは、ちょうど5年前のこの時期だったか…


他の野良犬との縄張り争いに負け、全身に噛み傷を負ったワシは狭い溝の中にハマり動けなくなった。

特に右足の腿の傷は深く、痺れて歩ける状態になかったのじゃ。


空腹でも溝から這い出る事も出来ず、ワシは死を覚悟した…


その時じゃった――

突然1人の小さな男の子が、ワシの顔を覗き込んだのじゃ。

既に瀕死の状態で気も立っていたワシは、散々吠えた挙げ句ワシの頭を撫でようとした手に噛み付いた。


男の子は、泣きながらその場を去って行った。

ワシは満足じゃった。最後に人間に仕返ししたし、もう思い残す事はなかった…


じゃが、それから暫くして、その男の子が大人を連れてワシの元に戻ってきた。

ワシはその光景を目にした時、人間の手による死が頭を過った。


.