私は何時も一人だった。
寝るときも、ご飯を食べるのも、家にいるときも、テレビを見るのも。ずっと、一人だった。

 親は私に、何の期待もしない。
何時も邪魔と言われ、消えろと言われ… その言葉の中に愛なんてあるはずない。


 私は誰かに必要とされ、好きだと言われた事はほとんどなかった。
大好きな君の隣に居たい… …それだけが願い。

 信頼している君。唯一、ネガティブの私を好きといってくれてた君は…
 私の傍には居てくれない。
だから結局一人ぼっちなのは変わらない。


 これ以上はもう、何も望まない。贅沢なんて言わないから…


    《私の傍に、居てください…》

兄に恋をした。
優しく頼りになる五つ上の兄。私を理解してくれる兄。

 そんな兄の名は、高野 健人(たかの・けんと)。
大学4年生で、就職活動に徹している。

 私と兄は、住んでいる所が違う。と言っても、自転車で30分程の距離だ。
兄が「1コールの電話」をしてきた時は、“遊ぼう”の合図。
自転車に急いで乗り、私は会いに行く。

 けれど兄と遊ぶのは楽しくて、嬉しくて、そして… 辛い。
それは私が、兄に失恋をしたからだ。

 私と兄の間には、今でも入ってはいけない領域がある。
自分の好きだという気持ちを、伝えてはいけない。…ある壁を越えてはいけない。

 けれど決して、私と兄は実の兄妹ではない。
元々は赤の他人だったが、一年半程前にインターネットで、健くんと私は出会った。
毎日のようにチャットの世界で話して半年後。私達は初めて直接会う。

 直接会う事が元凶で、色々な感情を知ることを、一年前の私はまだ知らないー―…。


 7月下旬。

 生い茂る緑色の葉が、風に揺られて心地良い音を奏でる。
樹皮にはセミがしっかりと掴まり、まるで自分の居場所を伝えるかのような、力強い声で鳴く。
小さい店には風鈴が付けられ、少しだけれど涼しい気持ちにしてくれる。

 こんな風景を見ていると、もう夏休みか、と思わせる。


 私の通う高ノ木高等学校(たかのぎ・こうとうがっこう)でも、今週の土曜日から夏休み。ちなみに今日は水曜日だから、一学期はあと2日ある。

 高校に入って初めての夏休み。
 友達と遊んで、バイト始めて、大好きなあの人と…!
なんて、友達がほとんど居ない私には、そんなのとは全くの無縁だ。

 私、山川 玲衣(やまかわ・れい)は、一言で言えば根暗で冷淡な部類に入る。
人が嫌いなわけではない。
ただ家族は私に冷たく、ご飯も買い物も一人だった。それに慣れたのか、一人で居るのは普通になった。

 それに裏では悪口を言うような、上辺だけの友達なんていらない。ネガティブな私でも、理解してくれる人が少し居たならそれで良い…。
 冷たい考えのせいで、1学期に出来た友達はたった一人。
名は、片倉 柚夏(かたぐら・ゆか)。
一人で居たい私の気持ちを考え、ずっと付き纏ってくるわけではない。
挨拶や弁当を食べる時、ペアを作る時間に話すだけ。
それがとっても居心地が良くて… 本当に柚夏は大切な友達。


 柚夏が好きな理由は、気遣いが出来る所だけではない。
口はとても悪いし、とても気が強い。それでも人を優先することが出来る。困っている人を助けることを毎日の日課にしているぐらい、優しい心を持っている。
そんな柚夏の性格全てが好きなんだ。

 だから柚夏の為なら、自分を犠牲に出来る…。


 一学期には色々な行事があった。その中には“絆”を作るだの、馬鹿げた目的もあった。
そういうのが大嫌いな私は、協力なんてしなかった。もちろん柚夏も。
まだ高校生活は三ヶ月ちょいだけれど、確実に私と柚夏はクラスから浮いている。

 柚夏が居たなら、それで良いけれど…。

自分の世界で考えを巡らせていた時、電話の着信に設定してある曲が流れ始めた。
音量を大きく設定していたせいで少し驚いたが、すぐに携帯を開いて通話ボタンを押した。
相手は、柚夏。

 耳に携帯を当ててすぐに、柚夏は高く大きい声で話し始めた。きっととても興奮しているに違いない…。

 『玲衣!!一緒にバイトしよう!!』 

 「え…?」

 『あのねー。高ノ木駅前にある、チェリーって名前の喫茶店だよ。…駄目?』

 「んー…。まあ良いよ」

 『わーい! 明日、私の家で履歴書書こうね』

 「うん、分かった。じゃあ、またねー。」

 柚夏が電話を切ったのを確認して、私も電話を切った。そして携帯を胸ポケットに入れる。

 バイトという響きがとても大人っぽくて… 何故だかドキドキした。
クラスの中では、何人もバイトをしている人が居る。ただそれは他人事だと思っていた。
まさか自分がバイトを始めるかもしれないなんて…


 (あ、履歴書買わなきゃ…)

 ドキドキした気持ちを抑え、現実に戻る。バイトを始めるかもしれないなんて、1ミリも考えていなかった私の事だ。勿論、履歴書なんて持っていない。

 明日に備えて、今日中に買おうと思い、来た道を戻る。
 私の家から高校までは、電車で15分。最寄り駅である中畝駅(なかせえき)から、二駅目の由柘駅(ゆつげえき)で乗り換え。由柘駅から三駅目の高ノ木駅に行き、高校まで徒歩5分。
高ノ木駅前にあるなら、学校で使う定期で行く事が出来る!なんて思いながら、中畝駅の中にある文房具屋に入った。