そしてとうとう、その瞬間はきた。
白いラインの少し手前、横にずらりと並ぶ選手たち。数えてみたら18人だった。その真ん中くらいに、本城くんはいた。
心の準備なんてする間もない。
気づいたらピストルは鳴り響いていて、それと同時に、彼らは地面を蹴っていた。
「……すごい。あんこ、見て。本城が走ってるよ」
見えていますとも。むしろもう、わたしの瞳には本城くんしか映っていない。もしかしたらそういう病気なのかもしれない。
――その時間を、いったいどう説明したらいいんだろう?
とても、静かで。とても、うるさくて。とても、短くて。とても、長くて。
ただ、わたしの瞳は彼の姿を追うのに精いっぱいで、ちゃんと呼吸ができていたのかすらあやしい。
本城くんは先頭集団のなかにいた。インターハイの決勝に出場できるようなひとたちとのレースで、こうして前のほうを走れる彼は、きっと本当にすごいんだろうなあとぼんやり思った。
どうしてかな。こうして目の前に彼の姿を見ているのに、どこか他人事のように思えてしまう。
陸上界隈では有名人。それはきっと大げさじゃないんだろうけれど、だからこそ。
やっぱり本城くんはとてもきれいな姿で走る。
背筋を伸ばし、まっすぐ前だけを見ているその姿は、わたしが彼に恋するきっかけになったそれとまったく同じだった。
どうしようもなく胸が苦しい。そして何度だって思い直す。
わたしは、走っている本城くんが、とても好きなんだと。