いつの間にか陽は落ちきっていた。黒い空の真ん中で金色に輝く月が、とてもきれい。


ふたりで並んで走っているそのあいだ、会話はいっさいなかった。あるのは、規則的な彼の息づかいと、車輪のまわる音だけ。

等間隔にともる街灯の下を走る彼に置いていかれないように、わたしも必死でペダルをまわした。真剣な横顔に見とれて何度も転びそうになった。

夢みたいだ。こうして走っている彼を、こんなにも近くで見られるなんて。


もうどれくらい走っているだろう。隣の本城くんは驚くほどに速くて、わたしは自転車に乗っているくせにもうへろへろだ。

そんなわたしに気付いたのか、彼はやがて、せわしなく動かしていた足を止めた。


「ごめん、疲れたよな」

「ううん。本城くん、ほんとに速いんだね! すごい」

「……ちょっと歩こうか」


言いながら、肩で息をしている彼がそっとわたしの手からハンドルを奪い、自転車を引いてくれる。こういう小さな優しさが、好きの気持ちを大きくさせるんだ。


再び夜の闇に沈黙が落ちる。

やがてふたりの息が整ってきたころ、彼のほうが口を開いた。


「あのさ。あしたで一応引退なんだ、俺」

「え、そうなんだ……?」

「うん。だからどうしてもそわそわしてさ。俺の高校生活、ほとんど部活だったから」


知っているよ。ずっと見ていたもの。

本城くんの高校3年間が部活だというのなら、わたしの3年間はあなたで間違いないと思う。それくらい毎日見てきたんだ、本城くんががんばっているところ。