白知の塔の目の前にそびえる黒知の塔の一室の戸をたたく。

「あら、お帰り、透茉」
「はい、ただいま戻りました」

銀様は萎えた足はそのままにずりずりと腕の力で透茉の側に近寄った。腕をこちらの方にあげるので、透茉は屈んだ。よしよし、と優しく撫でるその手をゆっくり掴んだ。

「また、お痩せになりましたね」
「そうかしら?たくさん食べてるんだけどねぇ。」

透茉は銀様の頬に手を伸ばした。刹那的に芽生えた欲求に蓋をする。自嘲的な笑みをもらしながら、すみません、と呟いた。

「触れたこと?」
「いえ…。私はあなたに対して悔いることしか出来ない。けれど出過ぎた事を望んでしまう、自分に対してです」

願いはひとつだけ。
言葉になることは許されない、心の端に灯る祈り。銀様は宝物を包むように透茉の頬に手をあてた。

「私も、あるのよ?…最期の時は見せあいっこしましょうね」
頷いて、透茉は困ったように笑い、ところで、と言った。
「雪佳と透璃はどこにいきました?」
「下の出店を見に行ったわ。あなたみたいにしっかり者の透璃がいるから大丈夫でしょう。喜び勇んで出てったわ。」
その姿を思い出してか、くすくすと銀様は笑った。

出会った頃の頼り無げな雛鳥のような少女はもうどこにもいない。子供の未来を案じ、見据える凛とした美しい女性だった。

どうか、最期までお側に居させてください。
透茉の頬のか細い手を握った。
覚悟を伝えるために。

ー…