目が覚めると、横に志臣はもういなかった。帝の立場的に当日は忙しいものがあるのだろう。

「さあ、お着替えしますよ!」
「おはようー!雛ちゃーん!」

慌ただしく入ってきた莉津は、恐らく儀式用の豪華そうな着物を抱えている。明乎は気楽そうにうしろからひらひら手をふった。

莉津は、いつもの黒と赤を基調とした官服ではなく、白と赤の、裾から金の刺繍の入った祝い用の着物を着ていた。明乎もいつもの適当な着流しではなく、白と青の正装で、腰に刀をさした姿は貴族のようで、一分の隙もみせない女剣士のようでもあった。

「いつもより外が五月蝿いみたい」
「ええ、もう外にいた民が宮の中に入って、お祭り騒ぎしていますから、出店ももう開いてますし、雛生さま、手をあげてください」

雛生は莉津の指示にあわせて動く。舜秋祭は普段は開かれない天神楽の門が開き、外の者の行き来が自由になるのだ。

「お化粧はあたしがしますねー!」
「明乎できるの?」
「お化粧は結構得意ですよー。女は美しくなくてはいけないとおもいますしぃ?ねえ?」
「そうです、雛生さま。…朱紫の間の方にあがっての観賞になりますから、じき、主上も参られると思いますよ」

朱紫の間はこの宮のちょうど真ん中ぐらいに位置する五階建ての塔、白知の塔の最上階の部屋のことだ。

「ええ、回れないの?」
「なにいってらっしゃるんですか!外の者が流れ込んでいる今、むやみやたらと外出することがどれほど危険か、理解してくださいませ」