ずっと君が好きでした。
何より大きな存在でした。
でも、私には大き過ぎたようです。

大き過ぎて、掴めない。
背中合わせのままな二人、私は一番近いのに
君の顔を見ることは、その笑顔を見ることは出来ませんでした。

誰よりも君の幸せを願っています。
だからこの想いは、忘れなきゃ。

忘れなきゃ。



『--ぎ』
…此処、は
『な…い!』
誰か、私を呼んで、…?

『…ぎ、おい、なぎ!』
「っ、…」
「っなぎ!目、覚めたか?」
「…此処は、」
「病院、お前突っ走って車に跳ねられたんだよ!!」
「…」
「よか、った」
「…泣いて、る」

私の事を必死に呼ぶ彼は、真っ白なシーツの上へ顔を伏せ、涙を流している。
とても落ち着く、優しい声。
「当たり前だろ…!お前が死んだら、って考えたら…っ」
「あ、の」
「…ん?」

どうして、泣いているの。
此処は、何処なの。
君は、--


「誰、なの?」
「は…?」




あの後彼が言った事を、私は何一つ覚えていなかった。
彼と私が幼馴染だと言う事。
同じ高校に通っていること、事故が起こった日も一緒に帰る約束をしていた事。
何も、何も、覚えていなかった。
彼の名前すら、覚えていなかった。


彼は小林蒼空。
私は全ての記憶を失った訳ではなく、一部の記憶をなくしているとの説明を受けた。
自分の家族や親しかった友人、学力についても問題は無かった。
ただ、彼は誰より親しかったというのに、何一つ思い出せなかった。


私は生活面には問題ないため、大事をとって一日入院した後退院した。


「渚、本当に大丈夫、なの?」
「ん、心配かけてごめんね、お母さん。でも大丈夫。」
「…そう。」


記憶を失くしてしまった。
人はそう言われればきっと、深く哀しみ、傷つくのだろう。
でも、私の場合違った。
周りが心配するのは当然だ、でも私は記憶を失くしたにも関わらず
まるで新しい自分、新しい生活を出来るという期待に満ちていた。

何か、大切な事を、物を忘れている。
そんな気もしたけれど。
これからまた、毎日を過ごしていけばきっと。
きっと、何時か思い出す日がくるだろうと。



私はこの時、影で
誰よりも深く哀しみ、傷ついた人物が居る事を
知らずにいた。