ある夜、彼女が言った。

「シン、花壇を見に行こうよ。」
「もう夜です、明日にしましょう。」
「あのね、花壇の奥に桜があるの。もう咲いてる。どうしてもシンに見せたい。」


僕はまたも逆らわなかった。

彼女の後ろについて、花壇の奥に向かう。
いつも振り返ってくれる彼女が、ずっと前を向いてるのが少し気にかかった。

「これがピンクですか?」
「そう、あ、でもちょっと暗くてわかりづらいかな。
 シン、一枝折ってくれない?それで、部屋に戻ろうよ。」

僕は桜にむかって手を伸ばした。
桜の中に伸びる銀色の腕。
桜を折り、振り返ると彼女がいなかった。
僕は不安になり、彼女を探した。

彼女は塀を登っていた。

僕はますます不安になり、彼女にむかって手を伸ばした。
彼女に行ってほしくなかった。
服をつかまれると、彼女は振り返って言った。

「シン、お願い。わかるでしょう?私、こんなところにいたくないの。」

僕は手を離さなかった。
彼女を失うのが嫌だった。
ただ、それだけだった。

彼女は僕の手を振り払おうとして、地面に落ちた。
鈍い音がして、血を吐いた。
僕が心配して近づくと、彼女は僕を睨み付けて唾を吐いた。


「ロボットのくせに」


苦しそうに息をしながら、言った。

「ロボットに感情を植えつけりゃ、簡単に脱獄できると思ったのに。
 あんたの目が、それだよ。」

僕はいまいち理解しきれずに、立ち尽くしていた。
彼女はもう一度だけ、血を吐いて、動かなくなった。


僕は彼女の上に桜の枝を置き、左手で左手を握った。
僕の手をつたう血が少し暖かいような気がした。