正紀の優しい声がして、髪を直す手を止めた。
そして、静かに正紀の方を見ると、優しい目で笑っていた。
そして、あたしも笑って見せた。
久しぶりのこの感じ。
やっぱり落ち着く。
「ほら、帰んぞ」
そう言って、正紀は前を歩き出す。
その後を追いかければ、今までみたいに笑って帰れる。
玄関の前で、またな、って。
今まで通りに戻れる。
「…待って、正紀」
でも、それじゃあダメなの。
この優しさに甘えて、向き合わなかったら、きっと、あたしは大切な人の大切な事にこれから先も気付けない。
同じことを繰り返す。
そして、大切な人を傷付けるんだ。
そんなこと、したくない。
「あのね、あたし、正紀とは付き合えない」
そう言って正紀の方を見る。
正紀も振り返ってあたしのことを見ていた。
あたしは、あたしは…
言葉にしたいけど、怖くて声が出ない。
ダメだ、ちゃんと言おう。
逃げるな、あたし。
「…あたしね、」
咲奈が、好きなの。