僕は何度でも、きみに初めての恋をする。


「……それは、約束?」


ハナの唇が微かに動いた。

そんな小さな動きはわかるのに、きみの表情は、暗闇の中でよくわからない。


「約束じゃない。そんな忘れたら消えちゃうようなもんじゃない。必ず見つけるよ。決まってる」

「……でも俺は、きっといつかセイちゃんのことがわからなくなる」

「そしたら毎日はじめましてをすればいいだけ。もしも変な人だってハナが逃げても、わたしはどこまででも追いかけていくから」

「きみを知らない俺は、きみに冷たいことを言うかもしれないよ」

「そしたら怒ってなおさらハナを追いかけるよ。わたしの可愛さを、何回だって思い知らせてやる」

「きっとセイちゃんのほうが先に嫌になる」

「ハナはわたしを怒らせたいわけ? そんなこと、あるわけないじゃん。だって……」


──ザアッっと強い風が吹いた。

一面に、花びらが舞った。


一瞬隠れるきみの姿。

心臓の音が、鳴り響く。


「わたしも、この世界でハナより大切なもの、見つけられないんだから!」



こんなにも、わたしの世界は煌めいたのに。

それでも一番大事なのは、もう、きみ以外にありえないんだ。


おかしいよね。変だよね。

大切なもので溢れているわたしの世界は、いつだって、きみから光を貰ってた。


手を伸ばした先の星月夜。わたしの見上げた暗闇の星は、きっとこれからもずっと、きみであり続けるんだ。


ねえハナ。知ってるの。


わたしがこんなに、きみを好きなこと。



「……そっか」



きみがわたしを忘れたって、置いて行けはしないくらいに。

この先どこへ向かったって、手放しなんてできないくらいに。


ハナが好きなんだ。



「セイちゃん」


落ちていく、花びらの吹雪の向こうで。ハナがわたしを呼んでいた。

今はまだ、きみの頭の中に居るわたしのことを。


「俺ね、きみと初めて出会った日のこと、憶えていないんだけど。でも、これだけは知ってるんだ」


今度ははっきり見える。星の光で、きみの顔が。


「俺はきみを初めて見つけたときから、きみのことが好きだった」


きっとこれからは、どれだけ遠くにいたって気付く。


「きみは俺の宝物」


小さな風の中で、ふわりと茶色い髪が揺れた。

子犬みたいな柔らかな表情を、綺麗だなあと、単純に思った。


「憶えてて。いつまでだって。忘れないで」


ハナと出会った瞬間を思い出す。大声で、泣きたくなる。


泣くことを忘れていた日だった。世界がすべて、汚れて見えた。

きみだけが綺麗だった。


わたしの見る世界で、きみだけが、色付いていたんだ。


「大好きだ」






あの日。

きみがわたしを見つけてくれたみたいに、今度はわたしがきみを見つける。


ねえハナ。


だからいつまでもそうして、きみのままで。

これから先もずっと、きみはここに居ていいから。



きみが笑いたいときに笑って、泣きたいときに泣ける場所。


そこがどうか、わたしの隣であるように。



もしもいつかもう一度、きみが暗闇で膝を抱えて泣けずにいるなら。

そのときこそはわたしが、きみの見上げる夜空の星になる。

真っ暗闇を照らす、小さな、でもたくさんの星になる。


きみがそれを忘れても。きみがわたしに気づかなくても。きみが、知らなくても。

いつだって今度はわたしがきみの空に綺麗な星月夜を浮かべてあげよう。


だからひとりで泣かないで。

わたしの側で泣いて。そうして、一緒に笑って。


いつまでも側にいる。


わたしがきみを見つける。



何度だってまた、きみと。



新しい出会いを、繰り返して──























また今年も、冬服の季節が来た。

梅雨の時期に夏服に着替えてから数ヶ月ぶり、2年生になってからは2回目の長袖ブラウスだ


一度家に帰ったけれど、着替えずにそのまま家を出た。

学校指定のカバンの代わりに、ようやく使い慣れたカメラを背負う。


歩き慣れた道はいつもと変わらないけれど、少し涼しげな風が吹くようになってきた。

もうすぐ秋も深まる。変わりやすい天気がめんどくさいけれど、雨の日もそれはそれで楽しいと、わたしはいつか教えてもらった。


この距離も、もう長いとは思わなくなった。

何度か原付できたけれど、最近はまたずっと、歩いてここまで通っている。


駅の近くの噴水の公園。

夏に、3回だけ綺麗な水を噴いてるのを見た。

今はまた、あんまり綺麗じゃない水が下のほうにふよふよ溜まっているだけだ。

冬が過ぎればそのうちきっと、また涼しげに虹をつくるだろう。



“そこ”へ行く前に、カメラの準備をした。

レンズの蓋を開けて、一度ファインダーを覗いてみる。

使い慣れはしても、相変わらず詳しいことはわかんなくて、手探りで好き勝手目に付いたものを写していた。


うん、今日も、カメラの調子いい感じ。

なんて、わかりもしないくせに呟いて、公園の奥へ入っていく。


続いていた石畳がそのうち終わって、芝生が生えそろう場所に出る。

最近はちょっと雑草も多い。

でも可愛い花が咲いてたりするから、今の雰囲気も結構好きだ。

公園の奥には、何のためにあるのか知らないけれど、小さな丘がぽつんとある。


つまらなすぎて誰も寄り付かないその場所に。

いつも、きみは居る。



──カシャ



シャッターを切った。

きみが振り向く。


ファインダー越しに見えた、ちょっと驚いた顔に、わたしはもう一度、シャッターを切る。


──カシャ



乾いた音がした。

きみが、少しだけ微笑んだ。


「こんにちは」

「こんにちは、勝手に撮ってごめんね」

「いや、いいよ。俺も今、写真を撮ってたところなんだ」


きみの手にはいつものカメラ。

そのレンズは、何度も何度も、わたしに向けられたことがあるって、きっときみは、知らないんだろう。



「こっちにおいでよ。ここからなら、綺麗な景色が見えるよ」

「うん」


丘をのぼる。そうしてきみの隣に立つ。

そこから見える景色は、きみと初めて見たあの日のそれと、何ひとつ、変わってはいなかった。


だけど違う。同じじゃない。


あの日と違う色の空。違う風。違う楓の葉。少し背の伸びたきみ。


新しい日々。


──カシャ


ともう一度した音は、わたしのじゃなく、きみのカメラからだった。

悪戯気な顔のきみは「これでおあいこ」とわたしに笑う。



「俺はハナ」


少し短くなった前髪が、吹いた風に揺れる。

わたしの髪は、反対に伸びた。

本当は切りたいんだけど、前にきみが長い方が好きって言ってたから、今もまだ切れないままだ。


そんなこときみは知らないんでしょう。

いいんだよ、わたしが憶えてるんだもん。



「きみは?」



きみのことを、今もずっと。

きみが忘れてしまっても。


わたしがきみを憶えてる。


きみの思いを、記憶を抱えて。

きみの中から消えていく日々も、ひとつひとつ、拾い集めて。

大切に。いつまでも。


だから。



「わたしはセイ」



何度だってはじめよう。


きみとの出会いを、この先もずっと。




「よろしく、ハナ」




これからもきみと一緒に。


星の光るこの世界を、きみの側で。




─END─



『Starry heavens』

ここまで読んで頂き、本当にありがとうございました。

セイとハナ。ふたりの日々が、読んでくださった皆様の中に、何か少しでも残せていたらしあわせです。

皆様の毎日にも、小さな星が常に輝いていますように。


沖田 円

2013.4.10

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