勝手に進められた話しについて行くことは出来なかったが男性が手を差し出したのでそれに手を重ねようとしたら、彼がその前に私の手を引いた。きょとんとしていると、相変わらず少々頬を赤く染めている彼がいる。その彼に男性は相変わらずしたり顔だった。

「必至だねぇ。」
「煩いですよ。」

そのやり取りを引っ張る彼の後ろでただ眺めることしかできなかった。何せ私は話しの趣旨がつかめないのだ。口を簡単に出せる立場ではない。それでも、少しでも彼に近付いたことは妙に嬉しかった。何よりも、この誘いは彼のテリトリーに踏み込んでもいいよという合い図のようだった。気付かぬうちに、頬が少々綻んでいたように思える。私でもまだ、笑えるのだと思った直後に私はまだ笑むこともできるのだと理解した。もう、すべて忘れさってしまったモノが少しずつ少しずつ戻ってきたようにも思える。戻ってくるたびに思える。お帰りなさい、私って、思える。気がつくと、彼の手を私はそっと強めに握っていた。彼は気付いたのだろうか。私の手をそっと握り返してくれた。

 彼らは、一軒の居酒屋に入ると、そこの店長さんらしき人が仁王立ちにして待ち構えていた。

「お前ら。金も払わないで何処に出ていた。」

 彼らは頬を引き攣らせながら何か口をぱくぱくさせていた。きっと、言い訳を何か言いたかったのだが思いつかなかったのだろう。結局は、何も言えず気まずそうに目を泳がせるだけで終わっていた。私はそんな彼らの背後からひょっこりと顔を出すと、

「どうしたんだ。この子は。随分と美人さんを連れてるじゃないか。まさか、彼女を連れ去ってくるためか。」
「いや。違うんです。この子は…。」
「コイツの彼女ですよ。」
「ちょっと。先輩。」
「何、今のうちにそう吹きこんどきゃ、後々本当のことになったら楽だろ。」
「そう言う問題じゃないですよ。」

 結局再び二人の世界に入った両者は、私はどうしたらいいのか分からないので、口をはさんでいいのか悪いのか、様子を見た後にそっと口を開いた。

「えっと、すみません。私が彼を呼び出してしまって。」

 すると、あれ程までに恐ろしい形相をしていた店長は破顔させた。そして、私の頭を思いっきり撫でると、「そうかそうか。」と言って、背中を向けて立ち去って行ったので正直のところどう言ったらいいのか分からなかった。結局、二人の世界に入っていた彼らは私を一度一瞥すると、笑みを作って先程まで座っていただろう席に導いてくれた。カウンター席で、私は彼の隣に腰を下ろすと、メニューを渡された。正直、先程あれほどまでの全力疾走を繰り広げたのだが、あまりお腹は空いていなかった。