そのとき体は地面に叩きつけられることなく前のめりになったまま宙に浮いていた。その腕はとても温かくてそっと目を細めてしまう。

「あんたは、バカか。こんな夜中に。しかも、薄着で。」

 その人は、息せききっていた。私と同じくらい。いや、それ以上かもしれない。それくらい彼に迷惑と心配をかけたのかと思うと素直になれなかった。

「薄着じゃないですよ。きちんと防寒していますし。」
「そんなとこだけを言ってるんじゃない。もうちょっと自分のなりを確かめてからこういう行動をしろ。女の子なんだから。」
「…。女の子…ですか。」
「なんで笑ってるんだ。」
「べ、別に、楽しくて笑っているわけじゃ…。」

 そう、楽しくて笑っているわけでも彼をバカにして笑っている訳でもない。女の子扱いしてくれる彼が嬉しくてついつい笑ってしまっただけなのだ。この人は唯一私を人間として扱ってくれるから。気付いたら彼に向って笑みを向けていた。いつも、いつも本当に、

「ありがとう。」

 この言葉だけが私唯一彼に伝えられる感情だ。

「なんだ、いきなり。俺、怒ってるんだけど。」

 分かっている。けど、分かっているから嬉しくて笑いが止まらない。どこか、頬を赤く染めている彼が可愛く見えた。でも、そんなことを思ったなんて彼に言ったら何かが変わるような気もしたから彼には言わなかった。し、言うきさえさらさらなかった。だから、涙をためているその笑みで私は彼に返した。すると、彼は小さく呆れの溜息を吐いて私の頬に優しく触れた。

「本当は、こんなことで君が笑うだなんて思わなかった。」

 そう、呟いた彼はとても嬉しそうだった。なんで、私が笑うだけでそんなに優しい笑みをくれるのかは分からないが、彼にとったらどうやら私と同じぐらいに嬉しかったらしい。分からないことだらけだけど、どうか久しぶりに笑った笑顔はひきついっていないだろうか。

 そっと、彼の手に私の手を重ねようとした時だった。

「お前がいつも言っていた子か。」

 と、彼の後ろから声がして、その主は顔をのぞかせた。彼と同じくらいの歳のその人はニッと笑って私に手を挙げた。小さくぺこりと頭を下げると、その男性はひらひらと手を振ってくれた。

「勝手に出てこないでくださいよ。」
「いいじゃないか。携帯放り投げて血相変えて出て行って以降帰ってこないから何してるんだろうと思ったら、微笑みあっている男女がいるじゃないか。しかも、壮絶美女。」
「そんな目で彼女を見ないでください。貴方みたいな男の人がいるから女性にとっての男性への見解が獣なんですよ。」