『いや。君泣きそうだなって。』
「…。別にそんなことありませんけど。」
『そう。でも君、いつもこういうタイミングで涙ぐでしょう。』
「…。」

 どうして分かるのだろうか。どうして、読まれたのだろうか。今、私は泣きだしそうだった。どうやら私が思っている以上に彼は私を見ているらしい。それが、妙にくすぐったかったが、そんなことを言っても仕方のないことなので、いつもの調子で、そう理解しているのに電話という今まであまり使ったことのない機器は妙に緊張した。

「ば、バカなこと言わないでください。もう、私切りますよ。」
『うわぁ。嘘嘘。冗談だから。』

 その、必死な理由が私には分らなかった。別に、これからも会えるのに。会えるのに、どうして必死に私が切ろうとしたら止めるのだろう。分からない。分からないのは私自身だでもあった。

『何。また、泣いてるの。』
「勝手に、決めつけないで下さい…。」
『でも、電話越しでも分かるくらいの涙声じゃん。』

 何が楽しいのか分からない。電話越しで空さんの笑い声を聞いていると、どこか落ち着く。落ち着くから妙にムカつく。ムカつくからワ足は意地を張って黙り込んだ。すると、空さんは私に呼びかける。「おーい。お―い。」って妙に必死に話しかける。その姿が安易に思い浮かぶから私も自分自身が見ているよりも相当空さんを見てきたのだと思った。そして、妙に空さんに会いたくなった。

「あの、今どこにいますか。」
『え。嗚呼、今は中央駅の近くにある居酒屋で飲んでるけど。』
「分かりました。」
『え。分かりましたって…ちょっと…。』

 空さんは何かを言っていたけれども関係なかった。気付いたら受話器を離してそのまま駆けだしていた。寒いので防寒着を羽織って家に鍵をかけて飛び出していた。中央駅は此処から走っても数十分の域だった。空さんが意外にも近くにいるということも私の動力源となっていた。冬の冷たい風も、肺が焼かれるような痛さも何もかもが妙に心地良かった。私はもとからそこまで運動神経があるってわけじゃないから少し走ったら既に息切れを起こしていた。それでも、妙に今空さんに会いたくて会いたくて、それで走り続けていた。気付いたら目までもが乾いて膜を生じていた。それが、気付いたら頬を伝っているし。頬は上気しているし。足はだるいしきついしで、駅がこんなに遠く感じたのは初めてだった。暗闇に潜む住宅街から段々とネオンに煌めき始めた頃に駅周辺に着いた。きょろきょろと辺りを見回してもあの人らしき人影が見つからず、足のだるさと酸欠で崩れ落ちそうになった。足は力が入らず前のめりになりながら段々と意識が遠くなっていく。