その日私は、いつもの様に家に帰った。家にはやはり誰もいなかったけれど、それももう慣れた。慣れてしまったのだから致し方の無いことなのかもしれない。私は、広すぎるこの家をただ電気をつけずに部屋に真っすぐに向かった。向かって荷物を置き、制服から部屋着に着替えて家を徘徊した。とくにすることも無い。だから、何をしようかだなんてあまり考えていなかった。いなければ、する気も無い。だから、ただ徘徊してすることのないことをただ形式的に行っているようなもので、ご飯を食べているという行為でさえそんな気持ちになっていた。気持ちになっているからあまり思考回路を回すことはなかった。そして、儀式的な順序で食事を終えお皿を洗うと私はすぐに部屋へと戻って行った。正直に此処で空さんに電話しようと考えていた。ベッドに寝転がりながら彼からもらった一枚を眺めていたほどだった。だけども出来なかったのは、ただ怖かったから。いつでも電話してもいいと言われてはいてもそれが彼の優しさだったらと思っていると考えてしまって、怖いのだ。それだけで出来ない私も相当臆病者だと思うだけど、まともに人間と関わらなくなってもうすでに数年経過している。家の中でさえこの静かな空間なのも数年経過しているのに。それ以上にどうしたらいいのだろうか。それでも、それでも、彼の声が聞きたくなったのはすでに仕様だ。私は、ベッドから勢いよく抜けると、私は家の電話へと駆けだした。震える手でその番号を間違わないように何度も見直して押す。緊張で体中が心臓になっているような感覚にさえなった。人に電話をしたのって何年ぶりなのだろうか。ふと、そう考えたけど、そんなことを考えるだけ無駄なような気もした。コールがなる。一回、ニ回、三回、と数えて行くうちにどんどんと落ち着いて来た。そして、それと同時に数が重なるコールのうち段々と彼もやっぱり忙しくて出られないのだと思い始めた。諦め初め、受話器を本体に戻そうとしたお時だった。

『はい。』

 受話器の向こうで声がした。向こう側は今だざわざわとした周辺だ。きっと、仕事帰りなのだろう。それだったら、かけなければよかったのだろうか。一瞬そう思った。

『もしもし。』

 それでも、受話器の向こうで彼が呼びかけてくれる。そっと、息をのみ、一息つけて私はゆっくりと口を開いた。

「も、もしもし。」
『嗚呼、君かあ。こんばんわ。』

 空さんは、私の声にすぐに反応してくれた。そして、そのまま私に挨拶をくれた。それだけで、涙がこみ上げてくるほどに嬉しかった。嬉しくて、どもりそうで…。そんな私の状況を受話器越しのあの人も気付いているようで。

『なんか、大丈夫。』
「何がですか。」