その上に私のこの近況を聞きに来ることも無かった。だから、不思議で仕方なかった。だから、尋ねてみたのだ。すると、空さんは口許を緩め弧を描くと、

「君は、話したいの。俺に。俺は、君が話せるタイミングがあったら聞いてあげるけど、そういうのは君のタイミングって言うものがあるからね。どうする。」

 私は、ただ空さんを見つめ、そして目をそらした。私を言って私を拒絶されたらって思うと怖い。初めての心のよりどころなのだ。人に心を開いたのは本当に久しぶりで、人との距離をとるのが凄く苦手で、私のこの話しをして空さんは引かないか。そして、私を遠ざけもう会ってくれないのではないか。そう、思考を回してしまった。回してしまったらしまったでそれがずっと頭の中をぐるぐると回る。回って、回って、私を混乱させてなかなか口を開かせてくれなかった。気付いたら、下唇を噛みしめ、下まぶたに涙をためていた。それに空さんは気付いていたのか否かは分からないがそっと、俯いた私の頭に手を置いて優しく二・三度叩いた。

「大丈夫。俺は此処にいるよ。」

 その言葉が私のせき止めていた何かを全て解放してくれた。わっと溢れた涙は止めることが出来なかった。人前で泣いたことなどあまり無かった。むしろ、小学生ころから全て諦めた表情をしていた私は泣くと言うことがなかったから更になかった。なくということが、感情をあらわにするこの行為を一体ないどのように表わしたらいいのか全体わからなかったから、こんな私は初めてで、こんな行為をしている私自体が驚きだった。それでも、空さんは何事もなかったかのように私の頭を二・三度撫でると再び優しく微笑んでくれた。収まるのには相当に時間を催した。そのためか、私が泣き終わったら、空さんは困ったような表情で「そろそろ、仕事にもどらないと、」と言った。それは、仕方のないことだから、私はただうつむいてその言葉に意思表示をした。ただ単にうなずいたと同じ状況なのかもしれない。すると、空さんは、困った様子で少々考えた後に、懐から一枚の紙切れを取り出し胸ポケットに入れていたペンも取り出した。私は、彼がいったい何をしようとしているのかわからなかった。けれど、彼は、きょとんとしている私の目の前でペンを紙に滑らせ始めること数秒だった。私にその紙を渡してニッコリと笑った。私は、その紙を開いてみると、数字の羅列が並んでいた。それが何を示しているのかくらい、分かる。私は、驚いて空さんをみると、空さんは相も変わらない優しい笑みだった。そっと、再び私の頭に手を乗せると

「いつでも電話してきていいよ。仕事中は出れるか分からないけど、出来るだけ出るから。」

 嬉しかった。ただ、ただ嬉しかった。気付いたら何度も何度も頷いて肯定の意思表示を見せていた。空さんは、再び笑うとそれじゃ、と告げてその場を去った。その背中を眺めながら私はただ呆然としていた。そして、その背中が小さくなり消えるまで見ていた。消えた後に私は再び手すりに座り空を仰いだ。初めてこの世界が好きになった気がする。生きていてよかったとふと心からそう思っていた。この方生き続けて十数年。ぼろぼろの鞄も、傷だらけのローファーもぼろぼろな制服も全てが輝いて見えた気がした。この一枚の紙きれでさえ綺麗に見えた。