それを見た彼は私の頬に触れそっと、それを掬い取ってくれたのです。そして、再び私を抱きしめると幼子をあやすように背中をトントンと叩くのです。それが、心地良かったのかはわからないけど、私は更に涙をあふれさせた。これこそ幼子の様にひっくひっくとしゃくりあげ彼のシャツに私の涙のシミを作り上げたのだった。

 落ち着いたころ合いで彼は私を離すとすぐに誰かに電話をした。そして、敬語交じりにありがとうございます。と言って切ると私の手をひいた。そして、先を歩きながら何処に行くのだろうと思うと、学校についた。もともと、そこまで遠くない位置にあるので、すぐに着く。と、彼は手を離して、

「とりあえず、靴に履き替えておいで。本当は荷物とかも持ってきてほしいけど。今から学校はサボってもうから。」

 そう言っていたずらっぽく笑う姿が妙に少年とそっくりだった。と言うよりも彼はこんな顔も出来るのかと思うと妙に胸がドキドキとした。でも、私はとりあえず、荷物をとりに教室に向かわなければならないような気もしたのだ。何せ、外は寒いのに私は制服一枚。肌寒いこれは絶えることが出来ない。今は、授業が始まる5分前だった。皆、やりたいことをやっているのが目に見えた。私は、少年に群がっている女子たちなんて関係なしに自分の席に行くと、鞄を取り出して中の物を鞄に入れる。

「何。帰るの。」

 隣から、そんな声がしたから首をそちらに向けると少年が少々むくれた表情でこちらを見ていた。少女たちは、少し目を見開いて驚いている。きっと、少年が私に話しかけることなんてないと思っていたのだろうが、残念だったね。私たちはすでに会話を交わしている。お前たちの考えなんて見え見えなんです。

「うん。帰る。さっきはごめんね。頬。腫れなかった。」

 私がそういう言うと周りが一瞬ざわついたように見えた。私が他人の問いにきちんと受け答えをしたからだと思う。だけど、少年は更に不機嫌を見せると、

「そっか。大丈夫。あれくらい猫パンチと一緒だから。」

 そうは言っているが、正直に駆けだす直前に見た少年の頬は確かに真っ赤になっていたようにも見えた。これは、この人の痩せ我慢と言うものなのだろうか。と思考を回してとけいにめをやるとそろそろ先生が来ることに気が付いた。

「まあ、そういうことだから。じゃね。」
「またな。」

 私と、少年はたったそれだけの会話をした。そして、私は教室から逃げるようにして駆けだした。背中で女子が何か喚き散らしているような気もするし、男子がすっごい少年を褒め湛えているような声も聞こえなくも無いけれど、初めてのこの感情をどうしたらいいのかわからなかった。こんなにもわくわくとしたことなんて今までになかったから。学校をさぼると言うことは、あまり宜しくないけれど、彼と一緒ならどこかいいような気がした。