ひとつ、彼が席に着いたのを確認すると私は相変わらずにふいと顔を背けたのだ。この人には確かに興味を持てたが、正直にそれは最初だけに過ぎなかったようだった。そして、周りの女子のあまりにも強いジェラシーにやっていられなくなったからというのもすでにあった。だけれど、少年はそう言う私の行動に気が付いていないのか、気がついてわざとなのか分からないのだけれど、転入生らしくこちらに笑顔を向けたのだ。

「どうも。よろしくね。」

 そして、手を差し出して握手を求めてきたのだ。私は、ちらりと少年に向き合うと小さく会釈をした。そんな私の様子にきょとんとしている少年に私の前にいる女子が笑いながら私について説明した。

「意味ないよー。この子こんな子だからあまり関わらない方がいいし。むしろさ、私たちと絡んだ方がいいって。よろしくねぇ。」

 その少女は私に向けていた少年の手を無理やり自分に向けると握手をした。私は、その様子をただ横目で見ているだけだった。少年はそんな女子の行動に目を丸くしている。きっと、あまりにも強引な行動に驚いたのだろう。でも、すぐに体制を変えたのだろう。先程私に見せた様な笑顔を彼女に向けた。そんな、少年の笑顔に顔を赤くしている女子が妙に滑稽に見えてばかばかしくさえも思えた。しかし、そのばかばかしく思えたのは他人に対してではなく自分に対してではあった。こういうのは当たり前なのだが当たり前が出来ない私があまりにもばかばかしく思えたのだ。私は、小さく溜息をつくと、外を眺めながら雲のない冬空をただ見つめていた。

 そして、昼休みがやってきた。休み時間になる度に私の隣は女子の群れが凄かった。彼女たちは私がいることを好まないので私は静かに席を外すと時間ぎりぎりまで適当にぷらぷらと歩いていた。だから、この昼休みもそうなると思った。現にチャイムと同時に少年の周りは彼女たちが囲んだのだ。私はその不意をついて弁当を持って適当に歩いた。そして、いつもの様に私は気が付いたら靴箱に向かっていたのだ。そして、靴箱で靴を取り出してハタと止まる。もう、習慣となっていたのだろう。例え空似であっても、彼と似ている少年を見てしまってはどうしてか心から会いたいと思ってしまった。靴をそっと直した私は誰もいない靴箱にしゃがみこみ校庭に響く皆の声をバック音楽にただうずくまっていた。とりあえず、会いたいと言う今の衝動を抑えることにいっそう賢明だった。会ったらきっとまた私が変わってしまう。今の私を変えないでいかなきゃきっと私は私じゃなくなってしまうから。ここから動くことが出来なかった。やっとのことで、その考えを飲み込んで立ちあがって振り返った時に、私は誰かとぶつかった。そして、それは私がバランスを崩してふらふらしているうちに手を引いてどこか近くの教室へと連れ込んだ。

 誰もいない教室は埃っぽく、そしてカーテンで暗く感じた。そして、私は口許を抑え込まれ言葉を発生することができなかった。まあ、する気もなかったのだけれど少々息がしづらかったのだ。私は、抑え込んでいる手を叩くと、その手は私を解放した。すると、先程よりも濃い埃っぽい空気が肺に入ってかせき込んだ。そんな私の背中を優しくその人は撫でる。そして、私が落ち着いたらそっと離れる。

「ごめん。大丈夫だった。」