「遅いからなおさらなの。俺が不安だし。」

 そう言われてしまったらお願いしてしまう。私は彼に再び向き直ると、腰を深く折った。

「お願いします。」

 そう告げると、彼は嬉しそうに笑い私の手をひいた。私が先程歩こうとした向きで、歩みを進める。私はそっと、彼の後ろに続きながら道案内をした。街頭しかない住宅街はどうしてかひっそりとしていた。私と彼はお互いあまり話すことはなく、ただお互いの足音が存在感を表しているようだった。それでも、この繋がれた手の温もりが温かくて頬を緩ませてしまっていただなんてきっと彼も気付いていないのだろう。

 何も話さなかった道のり。なのに、あっという間って感じがした。楽しいと時間はあっという間に過ぎ去ってしまうと言うのはよく聞くが、これは楽しかったと言うべきなのだろうか。私には首をひねらざる負えない。だけども、これだけは確かに言えた。この人と静かに一緒にいるってだけでも嫌な気分にはならなかった。寧ろ、落ち着いていられたような気がした。だからだろう、時間が早く過ぎてしまったという状況と言うのは、こういう感情のおかげなのだろう。心地のいい場所は離れるのが惜しいから、きっと短く感じてしまうんだ。

 真っ暗な私の家の前に来た時に、彼は目を見開いた。昔はこの時間になれば明るかったのだが、私が小学生に上がる頃くらいから段々と両親の仕事が忙しくなった。最後は二人して海外へとそれぞれに転勤となった。私もついて行きたかったが正直にどちらの後ろについて行けば良かったのか分からなかったから日本に残ることにした。その為には保護者という枠組みの人が必要だったために祖母がなっていたが、その祖母もあまり体が丈夫な人じゃなかった。私にたいてしてもあまり興味を示すことはなかった。ただ、祖母の看病とともに私は成長していった。しかし、その祖母も私が高校に上がる直前くらいに亡くなった。その時はお葬式を上げるために両親が帰ってきた。そして、1週間程いて彼らは再び自分の仕事場へと旅立ったのだ。私は、その背中を見ながらどこか、ああ、やっぱりな、って思った。だって、二人は今は私を養うためのお金を集めるのに精いっぱいなのだ。今の生活が出来るのも彼と彼女のおかげで私は恨むことが出来ない。我儘も言うつもりも無い。何せ、彼と彼女が私の為に頑張ってくれていることなのだから。しかし、久しぶりに会った両親を見るとどこか懐かしく温かい気持ちになったのは確かだった。もうちょっと痛いと願ってしまったのも確かだった。それでも、両親が私を置いて再び旅立つ時に言った言葉を聞くに私は確かにもうちょっと辛抱することにしたのだ。

『ごめんね。もうちょっと、貴女の傍にいたいのに。ごめんね。ごめんね。こんな、お父さんとお母さんで。速く向こうでの仕事を終わらせてこっちにもどってこれるようにするから。』

 そう、お母さんは言っていた。その隣でお父さんも泣いていた。これが演技であったならば私は裏切られたことになるだろう。だけども、私はこれが演技だと言うことはないと思っていた。だから、慣れない笑みを作り、いってらっしゃいの言葉を彼らに送ったのだ。私は、一人でいることに慣れ過ぎたのかもしれないけども、私はどうしてか彼と彼女が好きだった。大好きなのだ。