葵という名の響きが、子供の頃から好きだった。
わたしにこの名前をつけてくれたのは、
死んだお父さんだったらしい。
夜の海は黒い。
灯りさえもついていない海の家にしゃがみこみ、ずっと待っていた。
涙は潮風でとうに乾かされ、頭を冷やすような冷たい空気に包まれて、
だけどわたしは彼を待つことしか考えられなかった。
靴底が、砂をこする音がした。
走る足音が近づいてきて、そばまで来ると、速度をゆるめた。
「水野先生」
名前を呼ばれ、顔を上げる。
ほのかな月明かりが彼の顔に影を作っていた。
月が出ていたなんて、このときまでわたしは知らなかった。