窓越しの雨音だけが、部屋に響いた。
 

わたしたちは、手をつなぐだけ。

抱きしめ合うこともしない。

だけどつないだ手の温かさが、懐かしくて、愛しくて。


何か言いかけそうになる唇は、だけど何も言葉を見つけられない。


すべてがもう遅すぎたんだ。




……どれくらい時間が経っただろう。


眠れるはずもなく天井を見つめていたら、ぽつりと、隣の瑠衣が言った。


「幸せやったな」


優しい声だった。


「……え?」


「ホンマに……幸せやった。葵が先生でも、彼女でも、どんな存在でも。
近くにいて一緒に過ごす時間があるだけで、毎日が最高に幸せやった」



瑠衣……どうしていきなり、そんなこと言い出すの?
 

わたしも。
わたしもだよ。

あなたと過ごした時間は、泣きたいくらいに幸せな日々だった……。


わたしは、つないだ瑠衣の手をぎゅっと強く握った。

そのときだった。


「――俺……っ」


嗚咽のようなため息が瑠衣から漏れた。


「俺は、なんで……葵をもっと大事にできへんかったんやろう。
なんでもっと優しく、抱きしめてあげへんかったんやろう」


「……瑠衣」


「あんなにも、幸せだったのに――…」



声を殺して泣く瑠衣を、今はもう、抱きしめることなどできない。

わたしの瞳からも涙が出ているけれど、それは、枕に流れるだけだ。


だけどね、瑠衣。

わたしはじゅうぶん幸せだったよ。


ただ、ふたりで幸せになることと、ふたりが愛し合うことが、いつからか一致しなくなっていただけ。



すすり泣きの声さえも消してくれない小さな雨音に、わたしは耳をかたむけた。