「留学かあ。なんかすごいね」


ぎこちなく笑ってそう言うと、瑠衣は静かに首を振った。


「葵が教えてくれた英語のおかげやで?」

「そんなこと……」

「それに、目標なんかなかった俺が将来のこと考えるようになったんも、葵と過ごした日々のおかげやし」


わたしたちが過ごした日々――。

そんな言葉を聞いただけで、あの頃の光景が鮮明によみがえる。


「葵、行こうか」


瑠衣はヘルメットを差し出した。


「どこに?」


「思い出の場所」





あの頃、原付の免許しかもっていなかった瑠衣は、いつの間にかバイクにも乗れるようになっていた。


蒸し暑い夏の夜は、初めてデートしたときと同じように空気が湿っていた。

バイクの後ろで彼に掴まりながら、わたしはますます、時間の区別がつかなくなった。
 


思い出の場所。


瑠衣がそう呼ぶ場所はいっぱいあるけれど、この日連れてきてくれたのは、やはり初デートと同じ海だった。


「潮の匂いがするね」

「うん……」


真っ暗で何も見えない海は、音と匂いだけの世界。


わたしたちは手をつないで、砂浜を散歩した。


暗くて足場が悪いから転びそうになるわたしを、瑠衣は当たり前のように腕を回して支えてくれた。


「葵、相変わらずドジやな」


3年経っても、からかわれるわたし。

3年経ったのに、胸がちくちく痛むわたし。


心が裸になったみたいに敏感なのは、やっぱり海のせいだろうか。



思えばこの場所ではいろんなことがあったんだ。


子供みたいに遊んだり、雨に打たれたり、瑠衣に告白されそうになったり。

わたしが過去のことを打ち明けたのも、この海だった。


あの頃、ここは始まりの場所だった……。