どうせ先の見えない未来なら
たったひとつの譲れない気持ちを――あなたを想うこの心を
しっかりと抱いて生きたい。
そう思った。
深呼吸をして、チャイムを押す。
指先が信じられないほど震えている。
緊迫した心には不釣合いなくらい、よく晴れた冬の午後。
扉の向こうから足音がかすかに聞こえ、ゆっくりと開いた。
「……どちら様ですか?」
せまい玄関で向かい合い、初めて見るその人の顔。
小豆色のセーターやひとつ結びの黒髪は決して華やかではなかったけれど、表情の奥には気品のようなものがあった。
瑠衣は、お母さん似だったのか。
初対面の彼の母を前に、そう納得した。
「あの、わたし」
開きかけた口を、止める。
お母さんの肩越しに瑠衣の姿が見えたから。
母子ふたり暮らしのアパートは、台所や居間までもが玄関から丸見えだった。
瑠衣は心底驚いた表情をして、さらに奥にある部屋の引き戸に手をついて立っていた。
何日ぶりだろう。
ひどく久しぶりな気がして、わたしは挨拶すら忘れてしまった。
代わりに響いたのは、瑠衣でもお母さんでもない、あのハスキーな声。
「――水野先生?」
どうしてここに涼子ちゃんがいるんだろう。
なんて疑問は浮かばない。
瑠衣が幼いときから一緒にいた、わたしなんかよりずっと自然にいた、彼の愛すべき幼なじみ。
居間の奥の、たぶん瑠衣の部屋からまっすぐに見据えられ、体が凍った。