――『怒りを自分自身に向けるなよ』
 

卓巳の言葉が時々よみがえった。
 

意味がわからなくて何度も頭の中でくり返していたら、あるときふと、ひとつの重大なことに気づいた。


わたしは、叔父を愛していた。
 

そうだ。

子供時代のわたしは叔父を愛していたんだ。
 


バスクリンの匂いがするお風呂に入れてくれた叔父。

得意のけん玉を披露してくれた叔父。

白いアザラシのぬいぐるみを買ってくれた叔父。
  

わたしはたしかに叔父を愛していた。

まるで本物の家族のように慕っていた。


守ってくれる人に対して、子供が無条件に抱く愛。


だけどそれは、6歳の夜に粉々に砕け散った。
 


愛する人に虐げられた。

虐げられても、なお愛していた。


自分がバラバラ。引きちぎられる。痛い。今でもまだ、はっきりと痛い。


だから、ずっとわからなかったんだ。


どうすれば自分を傷つけずに、怒りの矢印を向かうべきところに向かわせられるのか。




――『葵のことは、ちゃんと俺に守らせてほしい』
 

瑠衣の言葉は過去への挑戦状。

ひとりで戦うわたしをそっと休ませてくれる、温かい毛布。



――『水野。俺んとこ、来いよ』


卓巳の言葉は未来への道しるべ。

過去の亡霊に縛られるわたしを解き放つための、たぶん最適な手段。




自分で答えを見つけなければいけなかった。


もしもわたしが泣いて助けを求めれば、きっと彼らは手を差し伸べてくれる。


けれど、その手が過去にタイムスリップして子供時代のわたしを抱きしめることは、絶対にないから。
 


6歳のわたしの涙を拭いてあげられるのは、

わたしだけなんだ。





そのことにやっと気づいたとき。


わたしの答えは、もう決まっていた。