ふらふらした足取りでマンションに帰ると瑠衣がいた。


何してるの? と言いかけて、自分が電話で呼び出したことを思い出す。
 

そうだった。


打ち捨てられたようなあの部屋で、わたしに唯一できたのは、瑠衣に電話をかけることだったんだ。


――『助けて』


たぶん、そう言ったような気がする。

だけど誰に言ったのか自分でもわからない。

 

わたしを助けて。

 

6歳のわたしを、わたしに返してください。









試験を終えて本当なら晴々した表情のはずの瑠衣は、無言でわたしの肩を抱いてエレベーターに乗り込んだ。
 

自分のマンションなのに、なぜ自分がここにいるのか不思議でしかたない。

迷子になった気分だった。
 

部屋に入ると瑠衣は暖房のスイッチを入れ、わたしをソファに座らせた。


そして今朝わたしが割ってしまったマグカップの残骸を見つけて一瞬戸惑いの表情になり、
だけどすぐに掃除道具を取り出し片付けてくれた。
 

こんなにも彼がなじんだこの部屋を、なぜわたしは今、自分の居場所だと思えないのだろう。
 

携帯が鳴っている。

たぶん、実家からの電話。

だけど出られなかった。

体の感覚を失っていた。


「葵」


瑠衣の腕が伸びてきた。

ぽんぽんと背中を叩く。

子供をあやすみたいに。


「こんなに震えて……。叔父さんのこと、よっぽどビックリしたんやな」


“ビックリ”なんて単語で表されたことに、愕然とした。


「でもこれである意味、葵の中で踏ん切りがつくかもしれんやろ? もうあれは過去やねんて」


瑠衣はわたしの頬に手を当てて、唇を近づける。


とっさに顔をそむけて拒んだ。