この日を運命の日に選んだのは、瑠衣と共に戦いたかったから。

別々の場所でも、一緒に頑張れるような気がしたからだ。


まだ太陽が昇りきらない町並みを、わたしは窓から眺めていた。


静かな朝だった。

散歩する犬の息遣いまで聞こえてきそうなほど、静かで清らかな朝。
 

窓辺に座り、瑠衣がプレゼントしてくれたあのマグカップで、少しぬるめのコーヒーを飲んだ。

ひとくち、ふたくち飲むたびに、瑠衣の顔を思い浮かべた。


【試験、頑張ってね。きっとあなたなら大丈夫。わたしも頑張るからね】


メールの返事を送ろうとしたところで、指を止める。
 

しばらく考えて、続きを打った。




【わたしは瑠衣に出会うまで、自分を変えたいなんて思ったことがなかったよ。
どうせ過去は消えないし、未来にだって希望は持てなかった。
ずっと偽物の愛で体だけ満たして、心まで満たした気になってた。
 
だけどね。もう、心の穴を男の人でふさぐのはやめにする。
 
そしたらきっと、空白ができちゃうけど。
きっと、いっぱい苦しくなっちゃうけど。

その空白を、瑠衣への愛に使いたいから――】

 

送信したと同時に、右手の中で携帯が震えた。

意表をつくような突然の着信。

驚いて、もう一方の手からマグカップが滑った。


「あっ」
 

反射神経が動くより先に、激しい音をたててカップが砕け散る。


瑠衣のくれた、大切な宝物が。

“未来の家族”の象徴が……。


足元でバラバラになったそれを、数秒間、呆然と見下ろした。 

飲みかけのコーヒーがじわじわと床に広がっていった。
 

皮肉にも携帯の画面には、母の番号が表示されている。


「……もしもし」

『あんた今日、叔父さんの家に行くって言ってたやんね?』