残された時間はあっという間に過ぎていった。


瑠衣がいるときは、彼の友達も一緒に授業を受けてくれるからにぎわっていた教室。

だけど今は閑散としている。


少ない生徒を前にして、それでも一生懸命に英語を教えた。

そのうち数少ない生徒の中にも、徐々にやる気を見せてくれる子が現れた。


今までは、講師の仕事なんかなんとなく就いただけ、そう思ってた。

だけど真剣に向き合えば何人かは真剣に返してくれるということを、わたしは退職間際になってやっと知った。


相変わらず女子には陰口を叩かれていることも、わかっている。

だけどそんなものに負けたくはなかった。

わたしは残された時間を、精一杯やるだけ。


今日は――最後の出勤日だ。






見慣れた校舎の前に立って、大きく深呼吸をした。


太陽が傾きかけた淡い空をバックにたたずむ、灰色の建物。

3年間、ずっとお世話になってきた。



もしもこの予備校で働かなければ、瑠衣に出会うこともなかった。


あんなに愛されることも、自分をさらけ出すこともなかったんだ。



こみ上げる想いをこらえ、ロビーを抜ける。

そして受付に挨拶し、職員室に入った。


「えー。水野先生は本日づけで退職されることになりました」


室長の言葉に続いて、講師の皆さんから拍手が贈られた。


予備校が一番忙しいこの時期に辞めるわたしを、きっと良く思っていない人もいるだろう。

だけどみんなの優しい表情に、思わず胸が熱くなった。


「今から最後の授業ですよね。頑張ってくださいね」

「はい」


教科書を胸の前でぎゅっと抱え、わたしは職員室を出た。