【 雨空 】
二人が現れたあの日の翌年。
その日の朝のテレビで、お天気お姉さんは言った。
『今日は一日中土砂降りの雨でしょう。出掛けるときは、傘を忘れないようにした方が良さそうです』
その言葉は、彼女、七実の耳に無情に響いた。
「…一日中…雨?」
一層激しさを増した雨は、呟いた七実の言葉に、まるで「そうだよ」とでも言うかのようだった。
そしてその隣の一軒家に住んでいる夕奈は、先月から「今年の七夕、晴れたら夜中に見に行こう‼」と何度も言っていた親友を心配していた。
雨ということは、いない可能性が高いからだ。
あれから一年、七実と夕奈はなにも考えず、なにも話さず、この日を待っていたわけじゃない。
たまにこの日のことを話していたら、一つ気付いたことがあった。
話していたときに、七実が冗談混じりに言った言葉。
「七夕に現れたでしょ?もしかしたら、雨だと会えない織姫と彦星みたいに、雨が降ったら現れないかもね」
その言葉が言い終わると同時に、二人の間を沈黙が支配する。
妙に現実味のあるその言葉を、二人は「違う」と否定できなかった。
その日から二つの季節が訪れ、そして去っていった。
七夕が間近に迫ってきて、週間天気予報にも出てきた7月7日の天気。
その時は小雨が時々降るので、折り畳み傘さえ持っていれば良いと言っていた。
なのに、やっぱり天気予報は気まぐれだ。
変わると変わらない、当たると当たらないの二分の一ずつの確率。
七夕当日、一日中ずっと雨だと告げられても、それを否定できる者なんてほとんどいない。
お天気お姉さんがテレビで今日の天気を告げて数分後、夕奈の家の電話が鳴った。
一瞬取るのを躊躇したが、夕奈は頭を軽く横に振り、今度こそ電話を取った。
『…あ、夕奈?』
「七実?どうかしたの?」
挨拶を返し、要件を話すよう促した夕奈の耳に、混乱しているのか歯切れの悪い七実の言葉が聞こえてきた。
『あの…ね…?』
ゆっくりと、でもはっきりと…七実は言葉を告げた。
『“夜”に…行かない?』
どこへ…なんて、聞かなくてもわかった。
…そうよね…雨だと会えないなんて、まだ仮説だもの。
電話が先程まで繋いでいた相手を案じながら、夕奈は幼い頃に亡くなった二人に思いを馳せた。
どうかお願い…この仮説は、当たらないで…。
暗い窓の外を眺めながら、夕奈は悲しげなため息を吐いた。
【 距離 】
見ているだけで鬱になってしまいそうな激しい雨が、地面に降っては弾かれる。
「…せっかく、会えるとおもってたのになぁ…」
子供――夕太は寂しげに呟いた。
『うん…たのしみにしてたんだけどね…』
“約束のシロツメクサ”から、女の子の声が聞こえてきた。
夕太は“光っているシロツメクサの腕輪”を軽く撫でながら、ため息を一つ。
「…こえがきこえるだけ、良いのかな?」
『まえにあめだった日はこえもきこえなかったもんね』
「うん。きょねんここにかえってきたとき、はなせるようになってたのはビックリした!」
『あたしもビックリした!でも、うれしかったなぁ』
夕太は声の主――七歌の笑顔を思い浮かべた。
「ぼくもうれしかった。でも、やっぱり…会いたいな」
何故か、沈黙が訪れる。
『やっぱり…会いたいな』
七歌は哀しげに顔を歪めた。
そして手に持っていた“シロツメクサの冠”を胸に抱いた。
暫くの沈黙の末、七歌は言う。
「…あた、しも…会いたい…な…」
伏し目がちに呟いたその言葉は、酷く震えていた。
『…さびしいよ』
「…うん」
それぞれ閉じ込められた空間で、二人は過ごしていた。
その空間から出られるのは、年に一度の七夕の日だけ。
何故かはわからないし、知りたいとも思わない。
お互いが傍にいれば、二人はそれだけで良かった。
“約束のシロツメクサ”を媒介として、前まではできなかった会話をする二人の距離は、毎日確実に縮んでいたはずだった。
けれど、土砂降りの雨はそんな二人の距離を簡単に引き離した。