長が連れて来た場所は、長の仕事部屋だった。あの部屋のように真っ白な空間で、部屋の中央にいくつもの水盆が並んでいる。真っ白な石膏の台座に置かれた水盆は、規則正しく縦横に一定感覚に並べられている。
長の部屋にある水盆のことは聞いたことがある。これらは、下界の様子を写すものだと。
部屋の中へ招き入れると、長は笑顔を崩さないまま私を部屋の中央へ誘導する。
「ここにある水盆、どれでもいいです。好きなものを覗いてみなさい」
そう言われ、近くにあった水盆を覗きこむ。すると、ちゃぷん…と波紋が広がり、それが静まるとある光景が写し出された。
「………っ!!」
思わず息をのむ。そこに写し出されたのは、一面氷の世界。ただの氷ではない。………下界に暮らしている者、建物、その他すべてが凍っていたのだ。
「これが、今の下界の様子です」
「氷の中にいる人たちは……生きているんですか?」
私の声は震えていた。
「ええ。溶けない氷の中で、生きていますよ。死ぬこともなく、生きているともいえない状態で」
長が魂の回収の必要がないと言っていた意味が、これを見てわかった。
氷の中で、人々の時間は完全に止まってしまったのだ。老いることも死ぬこともない。
これでは死神の出る幕が、ない。
「一体、どうしてこんなことに……」
「ユリア=デス=ノーベ。貴女はその元凶を知っているはずですよ?」
穏やかな声で長に告げられる。長の言葉に思い切り眉間を寄せる。下界がこんな風になってしまった原因を私が知っている…?