あの日と同じく、またあたしの背中に声をかける。
「千尋ちゃん。今日はうちに来ないかい?」
凛人のお父さんがそう、あたしに言う。
気遣わせてしまった。
「いえ、大丈夫です。…すみません」
「そうかい?…気をつけてね」
「はい、ありがとうございます」
深く頭を下げて、家路をたどる。
ミュールの靴擦れの痛みなんか、もうとっくに忘れていた。
あたしの頭は空っぽ。
もう、何もかもを失った。
あたしが、今ここで泣いても、もう凛人は来ない。
前から急に現れて、両手を広げて
「辛いだろ?泣け」
と言う、あのあったかい腕は、もうない。
……いないとわかってるのに、意味がないってわかってるのに……………
今まで溜まっていた涙が、一気に溢れ出た。
もう、こらえる事なんかできなかった。
人目を全く気にせず、あたしは泣き続けた。
見上げた空は、きっと綺麗なオレンジ色だろう。
でもあたしには、滲んだモノクロの世界しか映らなかった。