「本当にバスケ馬鹿でしょ」
後ろから声がした。
振り返ると、岬が立っていた。
「岬……」
「昔からああだよ。
バスケが大好きで、一日に一回はボールに触らないと気が済まないんじゃないかってぐらい」
岬は俺の隣に立ってフェンスから高瀬の姿を眺めた。
「アイツ……何で一人で練習してんのにあんなに楽しそうなんだろ……」
「うーん……何でだろうね。
でも……」
岬は俺の方を見て優しく微笑んだ。
「あたしは好きだよ、大和のあの姿」
「え………」
「本当に好きなんだなって伝わってくる。
幸せそうだもん、バスケをしてる時の大和って」
岬は目では俺の方を見ていたけど……でも、しっかり高瀬の方を見ていた。
上手くは言えないけど……高瀬のことはずっと見ている、そんな感じがした。
「……俺は初めて見たよ、あんな奴」
「どう?」
「どうって……そんなの、決まってんじゃん」
「荷物、預かろうか?」
「……頼む」
カバンと脱いだブレザーを岬に渡した。
そして……歩き出した。
俺達がここで見ていることに気づいてないであろう、あのバスケ馬鹿のところへ。
ギィ……と音をたてながらフェンスの扉を開ける。
その音に気づいた高瀬がこっちを向いた。
「……鈴山?」
高瀬の驚いた目。
俺はそれに構わず、さっきゴールから落ちたばかりのボールを拾い上げた。
「なぁ……やろうぜ。
1on1」
高瀬は一瞬大きく目を見開き……すぐに笑った。
「絶対負けねぇからな」
「それはこっちのセリフだ」
こんな奴……初めて見た。
だけど……
コイツと戦ってみたい――
そう……初めて思えた。
「いくぞ、蓮!」
「どこからでも来い、大和!」
あれから二年。
高校三年生、春。
「なぁ、蓮。
学食行こうぜ」
「いいけど。
またラーメンかよ」
「最近ハマっちゃったんだよな。
つーか、あそこのラーメン美味くない?」
「知らねぇよ」
最近、大和は学食のラーメンにハマってる。
おかげで俺も毎日学食に行くハメに。
大和は相変わらずバスケ馬鹿だ。
そして、岬が大好き。
岬と小学生の頃にしたという約束はまだ守れていない。
でも……今年。
俺達の最後の挑戦が……始まる。
「……予選、もうすぐだな」
「あぁ」
大和は短く返事をすると、突然歩いていた足を止めた。
「大和?」
「……やっぱ、学食やめて体育館行かね?」
「はぁ?」
「なんか、バスケしたくなった」
サラッとそう言う大和の顔を見ながら、俺は思わず笑ってしまう。
本当にコイツは……バカだ。
「俺、腹減ってんだけど」
「バスケしてからでも食えるだろ。
ていうか、運動してから食った方が美味いぞ」
「……マジでやんの?」
「マジ。
久々にやろうぜ、1on1」
そう言って楽しそうに笑う大和。
きっと、今日は昼飯を昼休み中に食べることは無理だろう。
授業中にコソッと食べることになる。
それでも、俺が大和について体育館に行ってしまうのは……
……もしかしたら俺もバスケ馬鹿だからなのかもしれない。
―Fin―
侑哉side
「へぇ。
よく似合ってんじゃん」
白いタキシード。
いつもより少し緊張した面持ちの俺の友達は、俺が知ってる中で一番いい顔をしていた。
「まさかイツが一番先に結婚するとはな~」
陽斗がしみじみとした口調でそう言う。
「ハルだってナナちゃんと結婚するんでしょ?
3月だっけ」
陽斗と伊沢が秋に再会して、復縁。
そして、イツと松山はすぐに結婚式を挙げることを決めた。
高校時代、ずっと一緒にいた……いわば親友。
そんな親友二人の結婚をもちろんめでたいことだと思ってるし、俺だって嬉しい。
イツがずっと松山のことを好きだったのを知ってるし
陽斗がどんな思いで伊沢のことを待っていたのかも知ってる。
……なのに、なぜか寂しいと感じてしまう自分がいる。
「けど、まさか本当にイツが松山と結婚するとはな」
「高校の時は信じられなかったよな。
完全にイツの片想いだったし」
「侑哉、軽くバカにしてただろ」
「してた。
絶対無理だと思ってたし」
新郎の控室を出て、陽斗と二人で話しながら歩く。
「でも……そっか。
イツと松山が結婚したら、もう松山じゃなくなるのか」
陽斗の言葉に、少し思考を巡らせる。
今までずっと松山って呼んできたからな……。
「俺達、何て呼んだらいいんだろうな」
「香織ちゃん、とか呼んだらイツに怒られそうだしね」
「面倒くせぇよな、本当」
「やっぱ無難に奥さん、とか?」
「……無難なのか?それは……」
仮にも高校の同級生だぞ?
見ず知らずの人だったらまだしも……。
「つーか、お前と伊沢が結婚したら俺は伊沢のことを何て呼んだらいいんだよ」
「え?
あー……そうだな……何だろうな」
「何だろうなって……」
「もうさ、苗字で呼ぶっていうんじゃなくて愛称として呼んでいけばいいんじゃない?」
「苗字が愛称ってことか」
「そういうこと」
つまり、これからもずっと『松山』『伊沢』って呼ぶってことだよな。
「あ、来た来た!
二人とも戻ってくるの遅かったね」
控え室からみんなのところに戻ると、すでに伊沢と篠山がいた。
「お前ら、松山のとこにいたんじゃねぇの?」
「うん。
そうなんだけどね、早くイッ君に香織の花嫁姿を見せてあげたいなって思って」
「ビックリするぐらい綺麗だったわよ。
アンタ達、惚れるんじゃないわよ」
篠山に釘を刺される俺達。
俺はともかく、陽斗は絶対にないって。
俺は横目で伊沢と話す陽斗を見る。
「ハル君、披露宴のスピーチ大丈夫なの?」
「結構ヤバい……。
俺、絶対こういうの向いてないって」
「大丈夫。
式が終わってからだから、まだ時間はあるよ。
リラックスしよう、リラックス」
陽斗は伊沢と再会してから、やっぱり何かが変わった気がする。
高校時代の笑顔を取り戻したっていうのかな……。
とにかく、変わった。
良い方向に。
式が始まり、俺達は教会のイスに座る。
俺と陽斗は新郎側、伊沢と篠山は新婦側の席に座った。
「何か、俺が緊張してきた……」
「何で陽斗が緊張する必要があるんだよ」
「だって、あのイツだよ?
何かやらかすんじゃないかって……」
………何か、俺も心配になってきたじゃねぇか。
でも、あのイツでもさすがにこの晴れの舞台で何かをやらかすことは……
……ないと信じたい。
教会の扉が開き、先にイツが入場してくる。
白いタキシードに身を包み、ガッチガチに緊張している顔でゆっくりと歩いてくる。
……が。
……なぜか知らないが、何もないところでコケかけるイツ。
教会の中に小さな笑い声が起き、イツも恥ずかしそうに笑いながら足を進めていく。
「……アイツ、やりやがった」
俺は小さくため息をつく。
「でも……まぁ、一人の時でよかったよ」
陽斗が苦笑いしながらそう言った。
そんなイツの小さなハプニングの後、聞き覚えのある音楽と共に教会の扉が開く。
純白のウェディングドレスに身を包んだ松山と、少し寂しそうな顔を浮かべる松山のお父さん。
イツがあんなにガチガチに緊張していたのに、松山はリラックスした様子でバージンロードをお父さんと一緒に歩いてきた。
やっぱ、旦那がアレだと嫁がしっかりすんのかな……。
ウェディングドレスを着た松山は、今まで見てきたどの姿よりも輝いて見えた。
確かに、篠山の言ってた通り綺麗だな。
ゆっくり歩いていき……イツの前で止まると、お父さんの腕から松山が離れて松山はイツと腕を組む。
そして……またゆっくりと神父の前まで歩いていく。
……よかった。
今度はコケなかった……。
俺と陽斗はどっちかっていうと、そっちの方が心配だった。
アイツ……どこにいても何かやらかしそうだからな。
式が無事に終わってくれることを願っていた。
式は順調に進み、誓いの言葉の辺りまできた。
「汝、健康の時も、病める時も富ときも貧しきときも、幸福のときも災いにあうときも、これを愛し敬い慰め助け、永久に節操を守ることを誓いますか?」
「ち、ちちちち誓いますっ!!」
……俺と陽斗は静かに顔を見合わせた。
陽斗は完全に失笑していた。
どもりすぎだし……。
ってか、アイツ声がデカすぎ……。
まぁ、あれでこそイツなんだけど。
きっと、松山もああいうイツを好きになったんだろうし。
お調子者で、いつも声がデカくて、たまにウザいぐらいに絡んできて。
でも……アイツは意外と友達想いだ。
陽斗と伊沢が離れ離れになったとき……イツはずっと陽斗の心配をしていた。
俺も陽斗も……そんなイツの姿を知っているから……だから、いくらウザいぐらいに絡まれてもずっと一緒にいたんだと思う。
イツの良いところを……いっぱい知ってるから。