その日は父の帰りは遅かった。慎二は2階でゲームをしているし、舞は隣の祖父母の家に遊びに行っている。聞くなら今しかない。

「ねえ、お母さん。最近元気ないけどどうかしたの?」

精一杯だった。本当は父の様子が変なこと・夜もやもやすること…
けれど、中学生の私には核心を突くような質問ができなかった。

「…そうかな?お母さんどっこも悪くないよ?」
「え…そうなんだ?じゃあ愛の気のせいかな?」

ああ…やっぱり娘の私には言えないのかな。二人の間に長い沈黙が続いた後、母はそっと呟くように言葉を続けた。

「最近ね、お父さん変でしょ?ケーキなんか持って帰ったりして…あれね、前のお仕事辞めてケーキ屋さん始めたの。ほら、ブランドのお土産くれた人。お父さんは絶対大丈夫って言うけれど、お母さんは怪しいと思うのよね。変な感じがするというか…いつももやもやする時は嫌なことしか起こらないから辞めておきなって言ったんだけど、全然聞かなくて…」

 もやもやか…私も感じているよ…

「しかもね、ケーキ屋さんの借金もお父さんに保証人になってくれって言ってさ…絶対だめだって言ったのに、勝手にハンコ押してきちゃったみたいなんだよね…」
「そっか、ケーキなんかいらないのにね。大丈夫かな?」

 素直な気持ちだった。どうか何も起こりませんように…このもやもやが的中しませんように…

 しかし、神様というか運命というものはそう簡単に祈りが通じないのであろう。そう時が経たないうちに不安を現実にさせる。

 中間試験も近くなり、夜風が寒くなってきたころに突然始まった。

「だからあれほど言ったじゃない!!!!」

 夜も遅い時間に母の怒鳴り声が聞こえた。もうどうしようなど考える間もなく、そっとフローリングに耳を近づける。

「勝手にハンコなんて押して…逃げられただって?やっぱり私の予感は当たってたじゃない!子供たち3人まだまだ手がかかるのよ?どうして…」

 父はずっと黙ったままだった。いつもそうだ。都合が悪くなると黙ってしまう…
やがて母はすすり泣き始め、外の虫の声だけが聞こえてきた。
これは現実なのか…勉強で疲れてるのか…そう願っていても、フローリングの冷たさが私の耳に語りかけるように突き刺さる。

コレハゲンジツ…ユメンナカジャナイヨ…

 この日から少しづつ平凡な家庭が崩れ始めた。
父のことは借金を作ったどうしようもない人としか見れず、会話もどんどん少なくなりだんだんと父の背中は小さくなってきた。
母は借金のことがショックだったのか、以前は行かなかったパチンコに手をだし帰りが遅くなった。

 両親の帰りが遅いころ、どのくらいの借金ができたのか気になり書類を確認するため大事な書類が入っている引き出しをそっと開けた。
その行為はまるで泥棒みたいで、確認というよりも盗み見る感じであった。
山積みの書類の中に真ん中のほうに隠してあるのを見つけた。

「600万…」

母の仕事だけで、父は無職そのものであったから大変な金額である。
私がしっかりしなきゃ。まだ弟も妹もいるんだもん…絶対迷惑かけないようにしなくちゃいけない…
そう決意しても一度躓いたものはおもしろいように転がっていく。カードの返済・家のローン・そして母までも借金を作ってしまった。どんどん膨れていく負の連鎖…
家に両親がいない時間が徐々に長くなってきた…