1・不協和音
 なんともない人生だった。
会社勤めの父・看護師として働く母・ちょっと泣き虫で内気だけど優しい弟・生意気だけど周りに目配りができる妹…
私自身もどこにでもいる、ごく普通の女の子だった。

 長期の休みがあれば家族旅行にも連れて行ってくれたし、他愛もない話をしながらみんな揃って食事をとり、穏やかな日々を過ごしていた。

 でも、中学に入学してから父の様子が変だ。
ここ最近仕事から帰るのが遅い。以前まで持ち帰っていた仕事の売り物が少ない。
父が夜遅く帰ってくれば、リビングで母の必死な声がかすかに聞こえる。
梅雨の時期だというのに、夜のフローリングは私の耳をじわじわと冷やしていく。

「愛、慎二、舞!今日はお土産があるぞ!!」
夕方ごろ帰ってきた父は左手にケーキの箱を持って笑顔で私たちに声をかける。
「わー!!ありがとう!!舞これにするー!!」
舞は幼稚園児らしい無邪気な笑顔でケーキの箱の中にあるイチゴのショートケーキを指さし、母にお皿に移すよう催促している。
慎二はまだ迷っているようだが、ふと思い出したように
「おねいは何にする?」
「ん?姉ちゃんはチーズケーキにするよ。」
二つあるチーズケーキのうちの一つをとり、口に運ぼうとした瞬間だった。
母の様子がおかしい。ケーキに手を付けようとしないのだ。
そんな母を気にも留めず、父は満足そうに頷きながら
「これからは毎日お土産もって帰ってきてやるからなー!!」
と不思議なことを言っている。
そう、不思議だったのだ。「毎日」という単語が。

 その日を境に父は毎日毎日ケーキを持って帰っていた。
そしてケーキの数も初日は家族分だったのが徐々に信じられない数に増えていった。
ケーキの数が増えるたびに、私の不安は少しずつ少しずつ増えていった。

 増えていったものはケーキだけではなかった。ブランド物も増えていったのである。
「これはお父さんの友達が買ってきてくれたんだよ。」
ひとつひとつ手に取りながら話す父に、ますます疑問を強める自分。
明日こそ母に聞こう。このもやもやをきれいにしよう。そう思いながら明日を目指して眠りについた。