「じゃあまた夜にね」
そういって香里奈と別れ、しずくは職場へ向かった。
仕事を休む訳にもいかないし、こっちの世界をリサーチする必要も感じたし、何より元いた世界に戻れないのなら、今いるこの世界に順応して生きていくしかないからだ。
店のロッカールームに着いて腕時計を外そうとすると、そこにあったのは千秋から贈られたものではなくなっていたことを思い出した。
そしてちょっと考えれば、この腕時計が香里奈から贈られたものだということも、ちゃんと思い出せた。
きっとこれから先、元の世界とここの世界では、大小様々な違いがあるのだろう。
上手くやれるのかと不安に思ったしずくの口から、大きなため息がもれた。
「おはようございまーす」
「あ、おはよう野田ちゃん」
「店長どうかしました?元気なくないですか?」
「え?……店長?」
「はい、店長」
しずくは自分を指さし、野田というスタッフにそう言うと、野田もしずくを指さして、もう一度『店長』と言った。
元いた世界では、美容室の独立をどうするかと思案中のしずくは、店長昇格の話しを断っていた。
そこに突然、店長と言われたら驚くのも無理はない。