「しず、起きて」
耳の近くで柔らかい声がして、しずくは目を閉じたまま、その唇を手探りしている。
探し当てたそれは柔らかくて温かくて、夢心地で感触を楽しんでいた。
「しず、今日仕事だよ」
「あー……そうだった」
そう言ったけれど、ベッドの温もりも捨てがたくて、もう少しだけ寝ていたいという欲には勝てず、そのまましずくは動かない。
千秋はこんな時、すぐに勢いよく布団を剥ぎ取る。
それでつい無意識のうちにも布団を巻き込んで寝ていたけれど、いつまでたっても布団を剥ぎ取られるような気配がなかった。
その違和感が、寝ぼけた脳を覚醒に導いて、夢か現実か分からない記憶を引っ張り出してきた。
「……千秋?」
まだ開かない目を必死に開けて、音がしてるキッチンの方を向いてそう呼ぶと、聞こえてきたのは千秋の声ではなかった。
「昨日から千秋って言ってるけど、誰?」
そう言って、湯気の立ち上るコーヒーカップを両手に持って、ゆっくりと姿を見せたのは香里奈だった。