その優しい後ろ姿をちらりと視界に入れて、それでもやはり転ばないように気を遣っていた私は
前を行く主任の足跡の上に黒い皮手袋が落ちているのを見つけて屈みこみ、それを手にしました。
「……あの…」
“落としました”
たった一言。
しかし楽しそうにお喋りをしているあなたを見ると、どう声を掛けていいのか分からず手袋を持ったまま思わず立ち止まってしまいました。
「どうした?歩くの早い?」
主任が私を気にしたように振り返り、さりげなく私の隣にきてくれました。
「……いえ、あの…」
それでも私は手袋を渡すタイミングが分からず、しどろもどろしていると
「寒いね~。あ、俺手袋持ってきたんだ」
と言いながら主任は鞄をごそごそ。
「あれ?左手一つしかない。右手どっかに落としたかな」
「なんだよそれ、ちょっとホラー入ってんぞ」
同僚の方がまたも冗談っぽく笑い、私は益々「落としました」と言えなくなってしまいました。
「俺の右手、どこ?」と主任も冗談を返し、
「そう言ってお前~手袋落としたフリしてさりげなく雪ちゃんと手繋ごうとしてんじゃねぇの?」
あなたの同僚の方がからかうように笑って、私は思わず手袋を握った手を引っ込めました。
冗談だと分かっていても私には十分刺激のある言葉で、顔が熱っぽくなっていくのが分かりました。
「バレたか」
主任は否定もせずに軽く笑って、
「行こうか、美雪さん」
そう促されて、私は主任の手袋を握ったまま
結局居酒屋まできてしまったのでございます。