彼女の愛用している香水が、まさか僕に移っていたとは想いも寄らなかった。


他の連中から指摘されたこともないし、意識なんてこれっぽっちもしていなかった。


だから君の手紙を読んではっとなったしだいです。




その日以来、君は艶やかな香りをまとって日ごとに花開く―――まるで


水仙のように美しくなっていった。




そんな君を見ていて、同じ課の課員たちにも君に惹かれていく者がいました。


あの頃僕が目を合わさなかったのは嫌っていたわけではなくむしろその逆。


美しく花開くような君を見ていると、こちらが恥ずかしくなって思わず顔を逸らしてしまったのです。


ガキみたいな態度をとってしまったことであなたを傷つけたこと、お詫び申し上げます。





君は十歳以上も年下だったが、君の方がよっぽど大人だった。





僕が君に“妻”の存在を知らせるため取った行動も


君にはお見通しだった。





君は何も言わずほんの僅かに笑って、距離を遠ざけましたね。





君は僕を“大人の男”だと称するが、とんでもない。






僕はただの“卑怯者”だ。






君の気持ちは薄々勘付いていました。


かと言って何かをしてくるわけでもなく、ただ古風で常識を持ち合わせている君が道徳に反することはないと思っていた。


だけどその一方でもどかしかったのもある。


僕はズルイ男です。



だからあの時、君が僕の左手に触れてきたとき自分の中で賭けをしました。


君は僕の左手薬指の意味を改めて知ったらどうするか、と。


もしそれでも握り返してくれるのなら、





僕は君をその場で抱きしめていたでしょう。





けれど君はそうしてこなかった。


詰めた距離を離して、前を向く君の横顔の何と清々しい。


雪の中に浮かぶ君の横顔は



あの雪景色以上に幻想的で




美しかった。




“大人”だったのは十歳以上も年下の君の方です。


たった一瞬触れた指先で僕の気持ちを全て悟り―――身を引いた。




君は自分を偏狂的で頭がおかしいと言ったが、僕はそう思わない。


君は誰よりも良識を持ち合わせていて、心優しく




強い。





だけどあのとき


そんなあなたの手を取って強引に抱きしめたら、雪の先に続く路はどうなっていたのだろう、
と。








一度目の忘年会、ふとした瞬間に触れたあなたの手は雪のように冷め切って





冷たかった。