私はとりあえずだが、彼女に近づいた。
私の顔と名前とどこの部署で働いているか分かってくれればそれでいい。

女性を落とすには色々な段階を踏まなければならない。
焦ってはいけないのだ。



あの日以降、普段の生活に戻っている。
しかし、やっている事は変わらないが、気持ちの部分はだいぶ変わった。

恋をしているおかげか、何事も意欲的になっていた。



仕事の昼休み、私はいつものように社員食堂に行く。
休み時間は人それぞれだから、そこに彼女がいる時といない時がある。

私はもうこの時「今日のメニュー」を確認するよりも、彼女がいるかいないかを確認するようになっていた。


ある日、彼女は一人で昼食を食べていた。
私も一人だったので、ここは積極的に彼女の向かいの席に座る。

この限られている時間をどう使っていくか?
1時間しかない時間を有効に使わなくてはいけない。



「あの日」の出来事を彼女もちゃんと覚えていたようで、会話は弾んだ。
お酒が好きだったのは分かっていたので、冗談っぽく誘ってみた。

彼女も冗談と受け取ったのか、あっさりと承諾してくれた。
その日は意外と早くやってきた。
この翌日で、仕事終わりに近くの店に行くと約束をした。

我々は「誰かに見られないか?」という変な心配をしながら街を歩く。
もちろん、見られたっていいのだが・・・。


店に入って、緊張気味な私は早く酔おうとハイペースで酒を飲み続ける。
滅多に手を出さない日本酒にも出を出す。

ほどよく酔った私は、彼女と一緒にいる事で幸せな気分に浸っていた。
そう、私は酒に酔っていたのではなく、彼女に酔っていたのだ。


彼女も酔っているのか、私の目をじーっと見つめてくる。
私も見つめ返したいのだが、照れてしまって目をそらしてしまう。

その光景を見て彼女はよく笑った。

私は昔から、女性と子供に見つめられるのが苦手だ。



お互いに仕事が終わったのが遅かったので、すぐに終電の時間がやってくる。

飲みに行って、酔って、終電が迫ってくる。
男としてはこの時、この後の「ある事」が頭によぎるのだが、そこはまだまだ行動に移せない。
店を出て、駅まで一緒に歩くその時間、その時間が止まってしまえばいいと思った。
私はあえて遅く歩いた、それでも駅に着いてしまう。



方向は逆なので、ホームは別だ。
電車が来る前の間、二人は線路を挟んで立っている。
会話をしているワケではない、ただ二人で微笑みあっている。


先に電車が来たのは彼女のほうだった。
それに乗り込んだ彼女は、ガラガラの車内にもかかわらず、窓際に立って私に手を振っている。



彼女とともに電車は去っていった。
もちろん、その場所に彼女の姿はもうない。


しかし、私には彼女の残像が残っていた。
私はその残像と、今夜一緒に過ごした時間を思い出しながら、帰りの家路に着いた。





この夜は私にとって、大きな一歩になったのは間違いない。
そして彼女を愛する気持ちがさらに大きくなった夜だった。
みなさんの初デートはどんな感じだっただろうか?
そしてちゃんと覚えているだろうか?

手をつなぐまで時間はかかっただろうか?
それとも、手をつないでくれるまで待っていただろうか?



ついに初めてのデートだが、ここまでくるのに時間がかかった。
約束をしたのは前回飲みに行った時、実現したのはその1ヶ月ぐらい後だった。



男としては相手を楽しませてあげたい。
私はどこに行こうか迷っていた。

ディズニーランドも考えたが、私よりもディズニーに夢中になってしまう予感がしたので、やめておいた。


普段気を使わない髪形や服装にも気を使った。
すでに洗ってあるのに、いい匂いさせるタメに洗い直した。




デート当日、待ち合わせは川崎だった。
時間は13時だったが、私は気が早って12時に着いてしまった。


私はこの1時間、喫茶店でコーヒーを飲みながら気を落ち着かせた。
そして、今日1日をどう過ごすか妄想をしていた。


そんなことをしている最中、ひとつ目標を決めた。
それは彼女にちゃんと「告白」をすることだ。


デートと言っても、正式には付き合っていない。
ここは男としてケジメをつけなくてはいけないだろう。
彼女もその言葉を待っているかもしれない。
そして待ち合わせの時間、私はまだ遠かったか彼女を確認出来た。
が、あえて私は気づかないフリをした。


照れていたわけではない、普段と違う私を分かってくれるか?
そんな思いでの行動だった。


彼女は「おまたせ~」とやってきた。
私は「この日が来るまで相当待った」と言ってみた。

すると彼女は意味深に笑った。



まずはお昼を食べに行った。
イタリア料理屋でパスタを食べた。


彼女はトマトのパスタ、私はクリームのパスタを注文した。
食べている最中彼女は「そっちも食べたい」と言ってきた。

私はフォークで食べさせてあげた。
間接キスの瞬間だ、私の心の中は中学生のように浮かれていた。



次に行ったのは映画館。
彼女は見たい映画があったらしく、それを見た。


ラブストーリーだったらさりげなく手を握ったのだが、そんな映画ではなかった。
映画の後、しばらく街を歩いた。
デパートやゲームセンターなどに行った。


デパートではあれが似合う、これが似合うと言い合った。
人ごみに遭遇した時、さりげなく彼女の手を取ってエスコートが出来た。

しかし、その手を握り続けることは出来なかった。



こうしているうちに、街は日が暮れてきた。

私達は晩ゴハンをかねて飲みに行った。
次第にいい感じに酔ってきたが、突然彼女は私にこう問いかけてきた。



「どうして私を誘ってくれたの?」



私は一瞬、言葉に詰まった。
気持ちは決まっているのだが、言葉に出来なかった。
私はこう答えた。



「前に誘った時、楽しかったから」



彼女は「ふ~ん」と少し残念そうにつぶやいた。
どうやら期待していた答えじゃなかったようだ。


告白をする目標を達成出来るチャンスだったような気がするが、ここでは出来なかった。
彼女はどうして私の誘いを受け入れたのだろう?
私は彼女に聞いてみたかったが、聞けなかった。


私は彼女を誘ったのは2回で2回とも来てくれた。
1回目はともかく、嫌いだったら2回目は来ないだろう。

私はこれをどうとらえたらいいのか、わからなかった。



店を出て、そろそろデートも終わりに近づいてきた。
私は予想以上に酔っていたが、目標は見失っていない。


それでもフラフラと歩いている私を見て、彼女は気を使ってお茶を買ってきてくれた。


彼女はそのお茶を差し出してきた。
しかし私は、お茶ではなく彼女の手首を掴んで私のほうに引っ張った。


すると彼女は私にもたれかかった、私はその彼女強く抱きしめた。


彼女は少し硬直しているが、抵抗はしない。
私はここで本当に言いたかった気持ちを彼女の耳元で伝えた。



「好きだから誘った、オレと付き合ってほしい」



すると彼女はこう返してきた。



「私のどこがいいの?」



私はすかさずこう返す。



「全部だ、どこか嫌いな部分があったら好きにはならない」



ここで初めて彼女も私の背中に手を回してきた。
そして嬉しいのかどうか分からないが、泣いていた。

私は「なぜ泣く?」と聞いたが「わからない」らしい。





こうして初めてのデートは終わった。
あの時の抱きしめた感触、彼女の香りは忘れる事は出来ない
こうして私にも生まれて初めての彼女が出来た。
今までの彼女がいなかった生活と、彼女がいる生活、同じ日常でも全く違った。


やることには変わりなくても、意識的に全然違う。
極端に言えば、朝起きるにもなぜか目覚めがいい。
こうして私にまた新しい日々がスタートする。




しかし彼女が出来たとはいえ、相変わらず時間が合わない日々が続いた。でもこれは、お互いに覚悟をしていた事だ。

このぐらいの壁はあっさりと克服しないと、長い付き合いにはならない。





1日デートは滅多に出来なかった。
ほとんど、仕事終わりに食事に行くというパターンが続いていた。


男の私としては、だんだんと彼女のカラダがほしくなる。
当然だ、男はみんなオオカミの部分を持っている。
もちろん私も例外ではない。

私は自分の中のオオカミさんをなだめるのに苦労した。





次に1日デートが出来たのは月に1回あるかないかの店休日だった。

この時行ったのは、そして彼女のクチビルを奪ったステージは八景島シーパラダイスの花火大会の日だった。
私は彼女のクチビルをどう奪うかばかりを考えていた。
しかし私は、不覚にもここにいる様々な海の生物に夢中になってしまった。


中には生きているのかどうかも分からない生物もいたが、そんな生き物にも熱視線を送ってしまった。


イルカショーも見て、たくさんの海の生物と会話を交わして実に楽しかった。





ここには遊園地のようなアトラクションも満載だった。
彼女はジェットコースターに乗りたいといい出す。


私は死ぬほど乗りたくなかったが、男として断れない。
運がいいのか悪いのか、一番前に座ってしまった。


乗り終わったあと、私が大丈夫じゃないのに彼女に「大丈夫?」と声をかけて強がってみせた。


こうして昼間の時間を過ごして、勝負の後半に突入する。







花火が行われる夜の時間が始まった。

私達はビールを飲みながら、ベンチで花火を楽しむ。
迫力満点な花火が上がると周りから拍手が起きる。


しかし私達は拍手が出来なかった。
なぜなら、お互いの手がつながっていたからだ。