「じゃあ、言う。ナオは気づいていないと思うけど、たぶん新カノさんは、ケーキをあたしに作ってもらうことが嫌なんだと思う。喜んでいたように見えたのは、ナオに嫌われたくないとか、ナオに合わせたとかだよ、きっと」
「……そう、なの?」
「うん、たぶん。女の子はね、自慢の彼氏の幼なじみが自分と同じ女ってだけで、いろいろと不安になったりするものなの。例えば、本当は自分じゃなくて幼なじみの子のほうが好きなんじゃないか、とか、どうして最後は自分じゃなくて幼なじみを頼るの、とか」
「面倒くせー……」
「そう!面倒くさいの!それが嫌なら、ほいほい彼女なんか作るんじゃないわよ!」
恋愛経験値ゼロのあたしでさえ、こんなにも恋する女の子の気持ちを察せられるというのに、両手の指では足りないくらいの女の子とつき合っていながら、どうしてナオには、そこのところが全然分かっていないのだろうか。
極めつけは、何気なく言ったであろう、ナオの「面倒くさい」という一言だ。
この一言には、なんだかんだと文句を言いながらも、最終的にはナオに味方をしてきたあたしでさえも、さすがに堪忍袋の緒が切れた。
なにが大恋愛だ、恋愛を語るな。
「そっかー、じゃあ、俺にはカナが合ってるかもしれないな。面倒くさくないもん、カナ」
「……は?」
けれど、鼻息を荒くしているあたしとは対照的に、ナオはのんびりとした口調でそう言い、意表を突かれたあたしは、は? と言ったときの表情のまま、しばし固まってしまった。
何を言い出すんだ、こいつは……。
お互いに裸を見せ合っても、なーんもない、と言ったのは、つい1週間前じゃないの。
いやいや、ここはやはり、彼女に謝りに行くべ き、クライマックスの一番重要な場面だ。
そうすぐに気を取り直し、ナオを回れ右させると、その背中を押しながら、あたしは言う。
「冗談やめてよ。面倒くさいとか、面倒くさくないとか、ナオの恋愛の基準はそこなの!? ナオがよくても、あたしが面倒くさいわ。ほら、バカなことばっかり言ってないで、さっさと彼女にフォロー入れてきてあげなさいよ」
もしも今までの流れが完全にあたしの早とちりだったとしても、ナオが「やっぱりクリスマスケーキはお前に作ってほしい」なんて言えば、新カノさんは嬉しくないはずはない。
ナオに対する不安や不満も、……あれば、なのだけれど、甘ーいケーキに包まれて、見事にハッピーエンドになるはずである。
「んー、カナがそう言うなら、まあ、とりあえず行ってくるわ。コロンの世話がある、って言ってたし、たぶん豚舎だろ。そんならなー」
「ちゃんと彼氏らしいことを言うのよ」
「へいへいー」
ぐいぐいと背中を押すと、なんだか腑に落ちない言い方ながらも、ナオはどうにか承諾し、やっと家庭科室をあとにしていった。
改めて家庭科室に入ると、莉乃と穂乃花が「お疲れだったね……」とねぎらってくれ、ナオのケーキのことはうやむやにしておいたことを伝えると、2人はほっと胸をなで下ろす。
しかしまた、どうしてナオは、自分に合っているのはあたしかもしれない、なんて、急におかしなことを言い出したのだろう。
だから、お互いに裸を見せ合ったとしても、何も起こるはずがないんだ、っての。
ほんと、ナオの考えることは分からない。
……あ、いや、裸を見せる、見せないの前に、ナオの裸なんて見たくないし、もちろん、あたしの裸だって見せたくないのだけれど。
「ちょ、カナ!何やってんの!!」
「ぎゃーっ!砂糖、入れすぎたーっ!!」
けれど、この日のあたしは、ナオのことがやけに気になり、凡ミスをしてしまったのだった。
……ナオめ、許さんっ。
数日後、お昼休み。
その日、日直だったあたしは、担任の先生にプリントの配布を頼まれ、それを預かった職員室からの帰り、テクテクと廊下を歩いていた。
「……あの、瀬川さん、だよね?」
「はい?」
すると、とても可愛らしい声で呼び止められ、振り返ると、やはり、小さく華奢で、お人形さんみたいなとても可愛らしい女の子が立っていて、遠慮がちにあたしと視線を合わせる。
あたしはもともと、わりと背が大きいほうなため、自然と見下ろす形になるのだけれど、彼女の可愛らしさは、見下ろしてこそ最大限の効果が発揮されるように思え、同性のあたしでさえも、上目遣いに思わずキュンとしてしまった。
「あたし、瀬川さんにお礼が言いたくて。この間、椎橋君に言ってくれたんだよね、彼女に謝りに行って、って。それ、あたしなんだ」
「あ、いや、余計なことを……」
「ううん、ありがとう。椎橋君に、瀬川さんにケーキを作ってもらうって言われて、実際のところ、けっこうヘコんでたの。嬉しかった」
「……そっか、うん」
ナオの、あまりのチャランポラン加減に、あんたの幼なじみはどうなってんの!と、ごくまれに元カノさんに八つ当たりをされることはあっても、お礼を言われるのは初めてのことで、なかなかリアクションが定まらない。
しかし彼女は「本当に嬉しかったのよ」と可愛らしくクスクスと笑い、続けてこう言う。
「それでね、一緒にケーキを作ってもらえないかな、と思って、お願いに来てみたの」
「え?」
「あたし、見栄を張って、美味しいケーキを作る、って椎橋君に言っちゃったんだけど、丸いおにぎりもボールみたいになっちゃうくらい、ほんっとに不器用で……。それだから、ケーキなんて作ったことがないし、瀬川さんなら、椎橋君の好みをよく知ってると思って」
「うーん……」
「ダメ、かな」
うーん、どうしたものだろうか……。
丸いおにぎりがボールみたいになってしまうとしても、そんなものは、ナオに食べさせたい、という気持ちでカバーできると思う。
こんなに一途にナオを思っているのだ、出来上がったケーキが、たとえ少々見た目が悪かったとしても、ナオならパクパク食べるはずだ。
だって自分の彼女なんだもの。
問題は、彼女と一緒に作るとして、部員総出で馬車馬のようにケーキを焼きまくる傍ら、どこまであたしが彼女に手を貸せるか、である。
ナオの無理難題な要求を断った経緯もあるし、これは莉乃たちに相談せねば……。
「部長にちょっと相談してみるね。すぐに戻ってくるから、ここで待っててもらえるかな」
「あ、うん……」
「すぐだからっ!」
不安そうに瞳を揺らす彼女にそう言うと、あたしは莉乃たちのクラスへ走っていった。
クラスに着くと、額を突き合わせるようにし、まだしっくりくる分量を模索中の、例の生クリームケーキの分量について話し込んでいる2人に、さっそく今の話を伝える。
「どうする? 莉乃」
「そうだねぇ……。設備も調理器具も、部員だってフル回転だし、当日に一緒に作るのは、けっこう難しいものがあるかもしんない」
「……だよね」
穂乃花と莉乃の、予想していた通りの反応に、2人と一緒に、うーんと首をひねる。
ナオの要求もそれで断ったのだ、彼女がある程度自分で作れるのなら、設備も調理器具も揃っていることだし、家庭科室で一緒にケーキを作ることも可能なのだけれど……って、あ!
そうだよ、そうそう、その手があった。
「それなら、今日から部活に来てもらって、ある程度作り方を覚えてもらう、っていうのはどうだろう? だったら一緒にできるよね!」
「おお!ナイス、カナ!」
「うん、いいかも」
ナオの頼みはあっさり断れても、女の子の頼みはなかなか断りにくいものなのだ。
それで2人とも、どうしたものか……と、困った顔をしていたのだけれど、そう提案をしてみると、快く承諾してくれ、心がふっと軽くなる。
ボールみたいなおにぎりでも大丈夫、あたしたちが立派なケーキを作れるようにしてみせる!
*
というわけで、放課後の家庭科室には、ナオの彼女、江崎璃子ちゃんの姿があった。
ちなみに、友だちからは“グリコちゃん”と呼ばれているそうで、本人もすごく気に入っているあだ名らしく、そう呼んでほしいとのことだ。
「じゃあ、まず、一通り作ってみよう。準備はいい? グリコちゃん」
「うん。よろしくお願いします!」
そうして、莉乃や穂乃花、ほかの部員たちが、それぞれに微妙に材料の配分を変えながら作りはじめる中、グリコちゃんとあたしも、さっそく生クリームケーキ作りに取りかかった。
スポンジケーキのしっとり感と、生クリームの甘さの加減がやはり難しく、イブの販売までにはまだ多少の時間があるとはいえ、何人かのグループに分かれて試作をするだけでは個数が足りないため、個々に試作をし、試食をしまくろう、と決めたのは、つい先日のことだ。
「薄力粉は、何回かふるって、ダマがないように注意しながらね。メレンゲと混ぜるときは、サクッ、サクッって切るようにするといいよ。こんな感じ。やってみる?」
「うん。……こ、こう?」
「そうそう、上手!グリコちゃん!」
緊張した手つきながらも、お世辞ではなく、本当に上手に薄力粉とメレンゲを混ぜるグリコちゃんに、思わず声が大きくなってしまう。
事前に渡しておいたレシピの紙にも、たくさんの書き込みを入れていて、それくらいナオが好きなんだ、と思うと、何が何でも美味しいケーキを作らせてあげたい、と気合いも入る。
鼻の頭やほっぺたにも薄力粉をつけ、一生懸命に頑張るグリコちゃんは、超絶可愛いのだ。
生地が出来上がり、型に流し入れて焼いている間、今度はホイップクリーム作りにかかる。
一口にホイップクリームといっても、ホイップの仕方で口当たりや風味がかなり違ってくるため、プロには劣るとしても、扱いには慎重に慎重を重ねなければならないものだったりする。
それに、植物性だとか動物性だとか、2つを合わせるタイミングや量でも、ホイップの出来上がりがだいぶ変わってくるため、けっこう面倒な代物だったりするのだ、これがまた。
……と、それはさておき。
「ホイップはね、こう、ボウルの底からすくい上げるようにして立てるといいんだ」
「……こう?」
「うん。いい手つきじゃん!」
「えへへー」
風味や口当たり、分量やタイミングのことは、とりあえず後回しにしておいて、まずは基本であるホイップの立て方を教えていく。
自分でホイップが立てられるようになれば、あとは自分好みのクリームを探求していけばいい話で、グリコちゃんの場合は、よりナオの好みを追究したホイップを立てればオッケーだ。
ナオは、愛情が足りない、なんてわけの分からないことをごちゃごちゃと言っていたけれど、グリコちゃんが作れば、ナオが言うところの愛情だって、たっぷり入ることになる。
スポンジケーキが焼き上がれば、あとは、いちごやキウイ、ドライフルーツなどを挟んで成型していき、飾り付けをすれば出来上がりだ。
ケーキ屋さんのように、ホイップを綺麗に絞ったり、スポンジに塗れなかったりしても、今の自分にできる最高の飾り付けができたなら、それだけでケーキは完成となる。
「うー、うまく絞れない……」
「いいのいいの。スライスのアーモンドとかを貼り付けたら、カバーできるできる!」
「あ、そっかー」