【短編】そばにいるよ。

 
確かに今日の試作は、ほかの部員たちは違うケーキを試作していたり、使った材料を細かに記録する役割をしていたりと、全員でひとつのケーキを作ったわけではなかった。

ただ、重ねるけれど、あたしがほとんど作ったとしても、憎しみなんて込めていない。

レシピ通り、あるいは少し分量を変えてみたりしながら、普通にケーキを焼いただけだ。


「ちょ、ふざけてないで、本当のところはどうなのか教えてよ。とりあえず百歩譲って、憎しみは込めてあったとしよう。でも、あたしが聞きたいのは、口当たりとか甘さの加減とか、そういうものなの。さっきあたしが言った以外に気になったところはないわけ?」


けれど、あれだけ気合いの入っている莉乃に、愛情が足りない、なんてわけの分からないことを言えるはずもないため、聞くしかない。

愛情は込めたさ。

ただし、ナオにではなく、不特定多数の人に美味しく食べてもらえるように、だけれど。


「うーん……。そう言われてもなぁ。スポンジはもうちょっとしっとりしてたほうがいいと思うし、生クリームも、飽きのこないように甘さを調節したらいいと思うけど、それ以外に気になったところというと、やっぱ愛情だよ」

「そんなぁ!」
 
 
今回は、たまたま。

たまたま、あたしがほとんどを作ったのだ。

部員たちはイブの前日から休日返上でケーキを焼きまくるというのに、ナオに食べてもらいたいと思って作れるはずがないじゃないか。

ああ、どうしよう、いよいよこれは、本当に莉乃に報告できる改善点が……ない。


「ちょ、カナ」

「なによ」


すると、がっくりと落ち込んでいるそばからナオが話しかけてきて、あたしは、思いっきり顔をしかめながら声の主に目を向けた。

Tシャツにパンツ一丁という、相変わらず変態そのものの格好をしているナオは、しかし顔だけは整っていて、なんだか異様に腹が立つ。


「俺、思ったんだけど、カナが作らなきゃいいんじゃね? それか、俺が食わなきゃいい」

「なによそれ。話になんないじゃん」

「あ、いや、俺が食わなきゃいいんだ、うん。俺はカナが作ったものだってすぐに分かったけど、ほかの人はそこまで分かるわけがないし、莉乃ちゃんにも、スポンジと生クリームの調整を頑張ってみてくれ、って伝えといてよ」

「……」


家庭科部に入っているあたしのことを丸々否定するってか、こんの、変態パンツ野郎っ。

けれど、それでも残りのケーキを大きな口を開けてパクパクと平らげていくのだから、ナオの考えていることは、さっぱり分からない。
 
 
「はあ、もういい。ナオに聞いたあたしが間違っていたのよ。とりあえず、食べてくれてありがと。いくら試作だって割り切っていても、みんながお腹いっぱいで捨てなきゃならなくなるのは、けっこうダメージ大きいから」


バカなナオの考えることなんて分からない、と諦めて、あたしはそう言い、立ち上がる。

帰ろう。

あたしも晩ご飯を食べなくちゃ。

莉乃には、ナオもやっぱりスポンジと生クリームだって言ってたよ、と報告するしかない。


「おうおう、帰れバカナ」

「……ったく、バカナって言うな、って言ってんでしょうが。何回も何回も、しつこい」

「うわー。だから彼氏ができないんだっつの」

「余計なお世話ですっ!」


そうして一通り、やいやいと言い合うと、最後に軽蔑の目をナオに向けてやり、コートと鞄を持って、ナオの家を後にする。

ナオとあたしの家は隣同士で、ナオの家からはカレーが、あたしの家からはシチューの香りが冷たい風に乗って漂ってきていて、こんなふうに言い合った日に晩ご飯のメニューも同じじゃなくてよかった、と思ったあたしだった。

穂乃花や莉乃は、あたしたちの言い合いを、仲がいいね、と言うけれど、けしてそうじゃないことだけは、はっきりと言っておきたい。
 
 
単なる腐れ縁、単なる幼なじみ。

それ以外は、ない。





「ほんっとガキよ、ナオはっ!」


晩ご飯を食べ終わり、お風呂や着替え、明日の授業の準備を済ませてベッドに横になる。

けれど、なかなか寝付けず、口をついて出るのは、ナオへの文句ばかりだった。


試作のケーキを全部食べてもらえたことは素直に感謝したいと思うのだけれど、それ以外は、ナオはけっこう自分勝手で、フラれたらすぐに魔法の言葉をねだりに来たり、いきなりスエットを脱ぎだしたりと、やりたい放題だ。

あたしが困っているときは、それらしいことを適当に言って「バカナ」終わりにするくせに、これじゃあ、アンフェアじゃないか。

愛情ってなんだ、愛情って。


ああ、もう、幼なじみなんて厄介なだけだ。

あたしがいなくなったら、一体、誰に何て言ってもらって慰めてもらうのだ、ナオは。

無駄に顔がよく、女の子によくモテて、しかも恋多き男、ナオという幼なじみを持つと、それだけでよく思わない子もいるのに、そのあたりの諸事情を一向に分かってもらえないのが、やけに悔しいあたしなのだった。


……なんて文句ばかりを並べていても、実際、頼られたら断りきれないのだけれど。
 
 
「カナー、俺、彼女できた!」

「さっさとフラれちゃえ、ナオなんか」


そんなあたしの諸事情を知ってか知らずか、いや、バカなのだから、ちっとも知るはずがないナオは、それからすぐに、彼女ができたと意気揚々と報告をしてきて、あたしはいつものように憎まれ口を叩いて適当にあしらった。

フラれてから、わずか1週間後のことである。


「おめでとう、くらい言えないわけ?」

「言えるわけないでしょ、バカ。……そうね、もうすぐクリスマスなんだから、新しい彼女のためにも、せいぜいフラれないように頑張れ、くらいしか今のあたしには言えないわね」

「ちぇっ、可愛くない」

「結構」


ここまでくると、よくもまあ、ほいほいと彼女を作れるものだと逆に感心してしまって、ため息さえ出てこないのがあたしの本音だ。

ただ、新カノさんにとっては、ナオが初めての彼氏なのかもしれない、と思うと、十中八九、クリスマスを楽しみにしているはずで、その一大イベントを前に愛想が尽きるような失態をするな、と釘を刺すのが、あたしの役目と思う。


「なんだよー、カナに言って損したし」


そう言ったナオは、面白くない顔をして教室を出て行くと、ふと何かを思い出したようで、顔だけをあたしに振り返ると、こう言う。
 
 
「ケーキ、予約しとくわ。彼女と食べるから、そのつもりで美味いのを作ってくれ」

「はいはい」


クリスマスまでには、まだ10日もあるのに、今から予約なんてして大丈夫? とは、思ったとしても、そこまではさすがに言わない。

ナオのためではなく、新カノさんのためだ。

これ以上、余計なことを言って、変にナオに、頑張らなくちゃ、とプレッシャーをかけてしまったら、それは見事に空回りをするだろうし、そのとばっちりを受けるのは新カノさんだ。

そうなっては、かわいそうすぎる。

今度こそ教室を出て行ったナオのそばには、新カノさんらしき女の子が健気にも寄り添っていて、せめてクリスマスが終わるまではラブラブっとしていてくれよ、と思うあたしだった。





放課後。

今日こそ納得のいくケーキを作ろう、と意気込み、部活へ行くと、言い合いとまではいかないまでも、何やら揉め事らしき声が家庭科室から聞こえてきて、あたしは思わず、開ける寸前だったドアを開けそびれてしまった。

ドアの前に立って初めて、あれ、揉め事? と気づいたくらい、くぐもった感じで聞こえてくる声なもので、中にいる人を的確に言い当てることは難しいのだけれど、なんとなく、莉乃とナオの声なような気が……しないでもない。
 
 
それなら、なんで莉乃とナオなのだろう。

美味しいものを作りたい、という部分で、いつもタッグを組んでいる2人なのに、揉め事だなんて、なかなかどうして、考えにくい。


「あ、カナ。どうしたの? 入らないの?」

「穂乃花……。うーん、なんか、莉乃とナオっぽい人が、中で言い合いっぽいことをしてて、入りそびれちゃってるところなんだよね」


すると、入ってもいいものだろうか、と考えているところに、ちょうど穂乃花が来て、あたしはそう理由を説明し、家庭科室を指さした。

けれど穂乃花は、困ったような、呆れたような顔をして、少しもためらわずにドアを開ける。

そして、言い合いをしているのが莉乃とナオだと確認すると、腰に手を当て、言うのだ。


「もう諦めなよ、ナオ君。カナは、あたしたち家庭科部の大事な戦力なの、ナオ君のためだけにケーキを作らせるわけにはいかないのよ」


いつも温厚な穂乃花には珍しく、少し怒っているようにも聞こえる声に、ナオは一瞬、しまった、という顔をし、しかしすぐに、二ヘラ~とした締まりのない作り笑いを浮かべた。

え、え、どういうこと?

すぐには穂乃花の言ったことが理解できず、改めて穂乃花の顔を見ると、彼女は言う。
 
 
「ナオ君ってば、カナにケーキを作らせろ、作らせろ、って、ずーっとうるさくって……。カナからも言ってもらえないかな、みんなで作ったケーキでいいでしょ、って」


ああ、読めてきた、読めてきた。

この間の、あたしがほとんどを作った試作のケーキが気に入らなかったため、彼女と食べる大事なケーキだからこそ、あたしに作らせる、という、新手の嫌がらせだ、きっと。

自分への憎しみがありありと伝わってきた、とのことだったし、ならその仕返しに、と、バカなナオが思いつきそうなことである。

だから、憎しみなんて込めていないっての。


「あたしからも頼むよ、カナ。穂乃花やあたしが、いくら忙しいから無理だって言っても、全然聞く耳を持ってくれなくてさ……」


莉乃もどうやらお手上げなようで、穂乃花に続いて、切実な目で、そう訴えてくる。

ちなみに、莉乃、穂乃花、ナオは同じクラスなため、他クラスのあたしがそのあたりのことを知らなかったのは無理はなく、と同時に、さぞかしナオの無理難題に悩まされたことだろう、と思うと、本当に申しわけない。

家庭科部のあたしが言ってはならないことかもしれないけれど、たかがケーキだ。

その、たかがケーキのためだけに2人を悩ませるなんて、どんだけバカなのよ、ナオは……。
 
 
「ごめんね、莉乃、穂乃花。分かった、あたしに任せて。ナオ、ちょっと表へ出よう」


ナオのバカさ加減にほとほと呆れ、けれど、このまま野放しにしておくわけには到底いかず、ナオにそう言うと、一緒に家庭科室を出る。

バツが悪そうな顔をしてついてくるナオは、それでも、廊下に出るとこう言う。


「大事なケーキなんだよ。そのケーキをカナに作ってもらおうとして何が悪いのさ。彼女に言っちゃったんだよ、カナが作ってくれるって」

「……、……。……それ、莉乃と穂乃花には?」

「ん? 言ったよ。そしたら、急に目の色を変えてダメって。ケチだよなー、まったく」

「……、……」


はあ。

そりゃ、2人が怒るのも無理はない。


「あのね、ナオ。彼女の気持ちになって、バカな頭でよーく考えてみてごらんよ。もしかしたら、ケーキを手作りしようとしていたのかもしれない、ナオの口からあたしの名前を聞くのが嫌かもしれない、って考えられない?」

「え、なんで俺の口からカナの名前を聞くのが嫌なんだよ、ただの幼なじみじゃん。ケーキだって、うまいのを用意するツテがある、って言ったら、すげー喜んでくれたよ」

「……バカすぎる」

「なんだよ、さっきからバカバカって。はっきり言ってくんないと、分かんねーし」