「お前には俺が誰かを気にしている暇なんてねぇ筈だぞ?
今は彼女のことだけを考えろ」

連絡先を聞き出そうとしつこく食い下がる僕を、彼は冷たく一喝した。

「…それから一つ約束しろ。バイクはお前一人で返しに来い。
俺の事は絶対に誰にも話すな。いいか?」

「何故ですか? あなたは昨日のみならず、今日も助けてくれた。
ご恩を受けながら名前すら知らず、きちんとお礼も出来ないなんて…そんな不義理なことはできません。
昨日の事で僕の両親はあなたにとても感謝している。
今日の事を隠したとしてもきっとあなたを探し出すでしょう」

「…迷惑だ。俺を捜すなと…両親に伝えておけ」

「…何故そこまで頑なに拒むのですか?」

「…理由など無い。とにかく俺は礼など要らないしお前の両親に会うつもりも無い。
通りすがりの俺の名などお前達には知る必要の無いものだ」

彼の瞳はとても哀しげで、僕は思わず言葉に詰まった。

ほんの一瞬の事で、すぐに昨日と同じ冷たく理性的な表情に戻ったが、時々彼が見せる不安定な表情が気になって、先ほどの哀しげな横顔が胸に焼きついた。